これはスティーブ・ロジャーズに起こり得たこと。
ジェームズ・ハウレットにあり得た物語。
ブルース・バナーのもう一つの姿。
ボビー・ベイリーの物語。
あらすじ
1964年、カリフォルニアで1人の青年が軍隊へ志願しに来た。
彼の名はボビー・ベイリー。
身寄りはなく、職歴もない。
社会との繋がりを全く持たない青年は、あるプロジェクトの候補として採用され、その後消息を断つ。
彼をプロジェクトに推薦したマクファーランドは自責の念に駆られる。
プロジェクト・プロメテウス - それは第二次世界大戦でナチスが超人兵士を開発するべく行っていた研究を引き継いだという噂もある極秘計画。
苦悩の末、マクファーランドはプロジェクトの真実を暴き、ベイリーを救うことを決意する。
しかし、既にベイリーの肉体は異形に作り変えられていた・・・。
作者 バリー・ウィンザー・スミス
英国出身のライター/アーティスト。
1960年代後半にデビューし、間もなく渡米。
マーベルで活躍し始めると瞬く間に注目され、70年代には人気アーティストの仲間入りを果たします。
CONAN THE BARBARIAN や MACHINE MAN などを手がけた後、91年には MARVEL COMICS PRESENTS #72-84 で X-MEN の人気キャラクター、ウルヴァリンがアダマンチウムの骨格を移植され洗脳されるに至るまでの経緯を描いた WEAPON X を発表。
ライティングもアートも手がけた本作は彼の代表作として数えられるようになります。
その後、90年代には活動の場をマーベルから VALIANT などへ移すようになり、現在はオリジナル作品を中心に発表。
エッチングを使った独特の立体感ある絵や、ライティングもやる彼だからこそ描けるダイナミックなストーリーテリングが魅力です。
本作は実に35年近い年月をかけて製作されたといわれており、まだ刊行から日が経っていないものの彼の最高傑作との呼び声も高い作品です。
見どころ
原点はマーベルだけど・・・
本作は元々スミスが84,5年にハルクのストーリーとして着想を得たものだといわれています。
1人の青年が軍に被検体として利用されるというあらすじも、彼が91年に手がけた WEAPON X を彷彿とさせます。
そうした点からいえば、本作はマーベルヒーロー達の”もしも”を描いた作品といえるかもしれません。
マーベル作品のファンもきっと楽しめることでしょう。
しかしそうしたマーベルを連想させるような物語は実のところ全体でいえば3分の1程度。
その後、本作は時を超え、舞台を変えて独自の方向へ進んでいきます。
物語は神秘的な体験、壊れゆく日常、戦争の暗部といった要素を描き、やがてフィナーレに向かって大きく飛躍を遂げます。
作中ではあらゆる出来事がぴったりと当てはまり、円輪がきれいに回るかの如く全容が明らかになるという意味で”WHEEL(円、歯車)”という言葉がキーワードとして登場します。
過去と現在がボビー・ベイリーを中心にぴったりと重なり合って物語を回し始める時、不思議な感動が押し寄せてくること必至です。
白黒イラストの真骨頂
以前、掲示板か SNS で「インクを使った白黒イラストは英国アーティストのものに限る」といった意見を見かけたことがありました。
英国アーティスト全体については話が長くなるのでここでは割愛しますが、バリー・ウィンザー・スミスの白黒イラストは最高です。
本作の表紙も飾るこちらのコマを御覧ください。
朱が挿されているカバーアートより、白黒な方が異形化したベイリーの姿が際立たないでしょうか。
輪郭と陰影のみで描かれた表情は顔が崩れてショッキングでありながら、どこか悲哀を感じさせます。
歪んだ眉間、歯がむき出しになった口元、片方は諦めたように目を瞑り、もう片方からは涙をにじませる瞳。
背後で満面の笑みを浮かべる研究員の存在も含めて、グロテスクな一コマです。
こうしたコマは1つ1つも印象的ですが、ページの上でコマやフキダシと共に物語の1コマとして作用するとさらにダイナミックに。
スミスはストーリーテラーとしての才能を遺憾なく発揮し、コミックという媒体のポテンシャルを本作で最大限引き出すことに成功しています。
タイトルの意味
本作のタイトルは異形化したボビー・ベイリーのことを指しているのだと思う方が多いかもしれません。
ですが、改めてタイトルを御覧ください。
”MONSTER”ではなく”MONSTERS”。
そう、複数形です。
確かに本作はこの青年を中心に描いた作品ですが、同時に彼を取り巻く数多くの者達の群像劇でもあります。
本当にボビー・ベイリーは”怪物”になってしまったのか?
タイトルの本当の意味は?
そして、ボビーが軍に利用されて異形となってしまったように、その”怪物達”も何か別の存在に利用されて世に放たれたのではないか?
是非、読みながらでも読んだ後でも考えてみて下さい。
アメコミの世界では往々にしてマーベルや DC の作品ばかりが取り沙汰され、本作のようなオリジナル作品はまだまだ見過ごされがちです。
しかし、大きな世界観の一部であるが故に制約の多い前者と違い、後者は作者が広げたいだけ自由に想像力を広げられる場所。
キャプテン・アメリカやウルヴァリンはもちろん、マーベル・ユニバースで”怪物”として扱われるハルクでも、本作のストーリーは不可能だったでしょう。
総ページ366ページ。
シリーズ物でない単発の作品としてはかなりの分量といえます。
ですが私はこれを数時間かけて一度もページを閉じきることなく読み終えられました。
没入感が圧倒的です。
バリー・ウィンザー・スミスという才能の塊が35年熟成させた物語。
是非読んでみて下さい。
それでは本日も良いコミックライフを。