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マイルス・モラレスとドナルド・グラヴァー

何か見たのでマイルス・モラレスとドナルド・グラヴァーの話を自分なりに整理してみますね。

#donald4spiderman

ことの起こりは2010年。

当時ソニーはスパイダーマンのリブート作として映画 THE AMAZING SPIDER-MAN の企画をマーク・ウェッブ監督と進めており、一部メディアからは主演のピーター・パーカー役の候補を5人ほどにまで絞り込んでいると報じられていました。

これに対してエンタメ系ウェブサイト io9 (現在の GIZMODO)のライター、マーク・バーナーディンが「ピーター・パーカー役を白人俳優に限定する必要はあるのだろうか?」と疑問を投げかける意見記事を投稿します。

gizmodo.com

早速コメント欄には様々な意見が飛び交い、その中で Rootadoo というユーザーなどから「ピーター・パーカー役にドナルド・グラヴァーはどうか」という提案が出されます。

これが最初のきっかけとなりました。


ドナルド・グラヴァー。

多才な方で俳優のほかコメディアンやミュージシャンとしても活動し、"チャイルディッシュ・ガンビーノ"という別名でグラミー賞も受賞しています。

日本で言う星野源みたいな人ですね。

ハン・ソロの映画でランドを演じた人として知っている人も多いかも。


さて、そんなグラヴァーですが、彼の出世作となった COMMUNITY というドラマがあります。

COMMUNITY はこのブログでも何度か取り上げていますが、米国で2009年から2015年まで放送/配信されたコメディドラマ(邦題は「コミ・カレ」だったかと)。

現在 RICK AND MORTY などを制作しているダン・ハーモンが、後にキャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャーを手掛けるルッソ兄弟らと製作した作品で(ルッソ兄弟も本作のとあるエピソードがきっかけで MCU に抜擢された)、米国ではカルト的な人気を誇ります。

グラヴァーはこの作品に”トロイ・バーンズ”という学生の役で登場。

元高校フットボールの花形選手にしてややオタク気質のキャラクターを演じ人気を博し、そんな彼のファン達が上記 io9 の記事に対するコメントでピーター・パーカー役にグラヴァーを推したというわけです。

なお、グラヴァーはこれとは別に MYSTERY TEAM という自身も脚本などで関わった2009年の主演映画があるのですが、そこで彼が演じた”ジェイソン・ロジャーズ”がピーター・パーカーを思わせる生真面目な風貌だったことも1つの要因になっているようです( Rootadoo のコメントで使われているのもこの作品の画像)。


さて、このコメントを見たのがグラヴァー本人。

thecomicscomic.com

上の THE COMIC'S COMIC の記事によると自身の Tumblr で冗談交じりに

"I'm putting myself in the running for the Spiderman reboot. I'm actually quite interested to see how far this goes. If this happens, I'll buy each and every one of you a mini cooper."
(意訳:リブート版スパイダーマンの主演に立候補するよ。どこまでいけるか結構気になるし。ピーター役実現したら皆にミニ・クーパー買ってあげる)

と投稿した後

"Some people are mistaken. I don't want to just be given the role. I want to be able to audition. I truly love Spider-Man. #donald4spiderman"
(意訳:一部の人間は間違っていて、自分はスパイダーマンの役をただ与えられたいわけじゃない。オーディションを受けられるようになりたいんだ。本当にスパイダーマンが大好きなんだ。#donald4spiderman)

とツイッター上でもスパイダーマンへの愛情をつづり「#donald4spiderman」というハッシュタグでファンにキャンペーンを呼びかけます。

この動きは大きなトレンドとなり、有志ファンによるフェイスブックページができたり、スタン・リーなんかも賛同したりして話題を呼びます。

結果から述べると制作側からアプローチがなかったため、グラヴァーがピーター役を打診されることもオーディションを受けることもなかったものの、この動きに連動してかどうかは定かではありませんが、 io9 記事の数カ月後に放送された COMMUNITY 第2シーズン第1話 ”ANTHROPOLOGY 101”というエピソードではグラヴァー演じるトロイがスパイダーマンのパジャマを着た姿で登場し、これは後にマイルス・モラレスのデビューに影響を与えることになります(後述)。

COMMUNITY (「コミ・カレ」)はネットフリックスで配信されているし、当該シーンはエピソードの開始20秒くらいで映るのでサブスク契約している人は第2シーズン第1話を確認してみると良いかと。

MILES MORALES

さて、舞台を移して2011年のマーベル。

当時マーベルではメインのマーベル・ユニバースとは異なる世界観、いわゆる”アルティメット・ユニバース(アース−1610)”においてピーター・パーカーがスパイダーマンとして活躍していましたが、彼の死を描く ”DEATH OF SPIDER-MAN” というエピソードの制作が進められていました。

そしてそれと同時にピーター・パーカーの意志を継ぐ新たな黒人スパイダーマンを登場させる準備も進められます。

ちなみに、「ピーターの代わりに黒人スパイディを」という話が出てくるのはこれが初めてではなく、アルティメット・ユニバースの2009年のメガクロスオーバーイベント ULTIMATUM でもピーターを死亡させて新スパイダーマンを登場させるという話が出てきた際、当時の米国大統領選でバラク・オバマが候補として躍進しているのを見てマーベルの編集者だったアクセル・アロンゾは「新スパイダーマンは黒人にしてはどうか」と提案していますが、結局 ULTIMATUM ではピーターが死亡しないことになり、このアイデアは一度没になっています。

なんにせよ上のような経緯から「スパイダーマン=ピーター・パーカー」の物語は一度終了し、新たにアフリカン・ラティーノのマイルス・モラレスが2011年刊行の ULTIMATE FALLOUT でデビューし、続く ULTIMATE COMICS: SPIDER-MAN で彼の物語が本格的にスタートするわけですが。

時系列がやや錯綜するためマイルス・モラレスのデビューと先に述べたドナルド・グラヴァーの「#donald4spiderman」運動との間には直接的な因果関係があると思われがちですが、これは誤りです。

実際のところ「黒人のスパイダーマン」というアイデアはキャンペーン以前からマーベルの当時編集トップだったジョー・ケサーダや ULTIMATE SPIDER-MAN のライター、ブライアン・マイケル・ベンディスの中で長年議論されていたもので、この着想自体は上のドナルド・グラヴァーのキャンペーンとは直接関係なかったことが以下の HUFFPOST の記事で明言されています。

www.huffpost.com

Bendis said his decision was made before actor Donald Glover's efforts to be considered for next year's Spider-Man film went viral. He had talked it over with Joe Quesada, Marvel's chief creative officer. "Joe and I talked about it at great length – what if he was an African-American and how interesting it would be," Bendis said.
(意訳:ベンディスは今回の決断(黒人スパイダーマンのデビュー)について、翌年公開されるスパイダーマン映画に対する俳優ドナルド・グラヴァーの働きかけが拡散される以前からのものであったと語る。彼は(当時)マーベル CCO のジョー・ケサーダと話し合ったという。「ジョーと僕はもし彼(スパイダーマン)がアフリカ系米国人だったらどれだけ面白いことになるだろうかということについて深く話し合った」とベンディスは語る。)

ただしその後、ベンディスは件の COMMUNITY のエピソードでスパイダーマンのパジャマを着るドナルド・グラヴァーの姿を目にし感銘を受け、(別の記事などで)その後マイルスがサラ・ピケッリらのアートで誌面にデビューする際には大いに参考にしたとも語っています。

まとめ

話を簡潔にまとめると、黒人スパイダーマンとしてマイルス・モラレスというキャラクターを登場させた背景はあくまでストーリー上の要請であったり現代社会のファン層を意識したある種ビジネス的判断であり、ドナルド・グラヴァーのキャンペーンはキャラ造詣に影響こそ与えたものの、着想自体は”ファンの要望に応えたもの”とは必ずしもいえないようです。

実際、ベンディスが後年 INVERSE で語った以下の記事にはこのような発言があります。

www.inverse.com

“It’s genuinely scary to put out something in the world that’s brand new,” Bendis says. “The extra added fear with Miles was that we were trying to be additive to Spider-Man. No one was asking for that. No one was going, ‘I wish Spider-Man was just a little bit something else.’ So changing something so drastic in the franchise is daunting. But we really believed in what we were doing. Anyone could wear the mask.”
(意訳:「全く新しいものを世に送り出すのは本当に恐ろしいことだ」とベンディスは言う。「マイルスについて輪をかけて怖かったのは僕らがスパイダーマンに新たな要素を追加しようとしていたことだ。そんな要望はなかった。「スパイダーマンが今よりもう少し違った存在なら良かったのに」なんて誰も言っていなかった。なのでフランチャイズにおいてこれほど大きな変更を加えるのは恐ろしかった。それでも僕らは自分のやっていることを信じた。誰だってマスクを着けられるのだ。)

この発言は「スパイダーマンに新たな要素を加えること」自体を望む声についての言及であるため、「黒人スパイダーマンを誰も望んでいなかった」かという点については議論の余地があるものの、他方でマイルスの誕生が読者の要請に依るものだと考えるのは早計かなと個人的には思います。


例のツイートについてはどのような文脈で出されたか明示されてなく発言の意図を汲み取ることが困難なため、私もそれに対して特に意見はありません(多分最近話題の指輪だのエルフだのの話から派生したものかと推測してますが)。

ただ、マイルスの登場経緯に関するくだりについて「上層部の圧力」がなかったという点は正しいものの、一方で「ファンからの要望」みたいなのもあったとはいえず。

方向性としては「ファンからの要望→黒人スパイダーマン」ではなくむしろ「黒人スパイダーマンを提案→ファン歓迎」という方が正しいかと思います。


(そもそもマーベルは「ファンからの要望」で何かしてくれるような気前の良い出版社じゃないし)

元からファンによる潜在的な要望が(グラヴァーのキャンペーンなどにより)醸成されていたからこそマイルスが歓迎されたのだと反論されればそれまでですが、当該ツイートの解釈は少し誤解を生みそうだと思ったので差し出がましいようですが敢えて今回このような記事を書くに至りました。

何かのきっかけで当該ツイートの発信者様がこの文章をご覧になった場合、本記事はこちらから発言の訂正を求めたり、まして対立しようとするようなものではないことをご理解頂けたらと思います。

あくまで1つの意見として受け止めて頂ければ幸いです。

ちなみに

ドナルド・グラヴァーですが、 THE AMAZING SPIDER-MAN のピーター役こそ逃したものの、その後 ULTIMATE SPIDER-MAN でマイルズ役の声優として抜擢された他、ホームカミングでマイルスの叔父アーロン・デイヴィス役として登場します(あの駐車場で尋問される人)。

さらにいうと2018年の映画 SPIDER-MAN: INTO THE SPIDER-VERSE ではアーロンの部屋にあるテレビ画面に COMMUNITY でスパイダーパジャマを着たグラヴァーが登場する件のシーンが映り込んだりします。

あと、スタンドアップコメディのネタにもしてましたね。

一部抜粋したものがチャンネル JUST FOR LAUGHS から配信されている「Donald Glover - Shaft Is Not Our Spider-Man」とかチャンネル NETFLIX IS A JOKE から配信されている「Donald Glover Doesn't Want To Play Spider-Man | Netflix Is A Joke」という動画などから見ることができます。

めっちゃ笑える。