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RUSSIAN OLIVE TO RED KING (AdHOUSE )

キャサリン&スチュアート・イモーネン夫妻が送る、離れた場所にいる男女の絶望と喪失を詩的に描いた秀作。

あらすじ

学芸員のオリーブと、エッセイストのキング。

ある日、オリーブは調査のためロシアへ旅立つ。

仕事の締切が近いキングは飼い犬のパーシャと共にアパートで彼女の帰りを待つことに。

しかし、オリーブの乗ったヘリコプターは壁画の調査へ向かう最中、墜落事故に遭遇。

その頃、彼女からの連絡を待ちわびるキングはライターズ・ブロックに悩まされていた。

辛うじて助かったオリーブだったが、周囲は人里遠く離れた雪の中。

彼女はそれでも懸命に生き抜くため歩みだす。

チェーホフやシェイクスピアの言葉を口にしながら。

一方でキングは寂しさと創作の悩みから徐々に心が荒んでいく。

距離を隔てた2人の心はやがて・・・。

感想

ライターのキャサリン・イモーネンとアーティストのスチュアート・イモーネンによる作品。

キャサリンの方はマーベルで PATSY WALKER: HELLCAT などを担当。

スチュアートも AMAZING SPIDER-MAN SUPERMAN: SECRET IDENTITY を始めとした数多くの作品で知られています。

どちらもトップクリエイターの夫妻ですが、夫婦合作によるオリジナル作品もいくつか刊行しており、多くが高い評価を受けています(以前、インスタグラム上で連載されていたウェブコミック GRASS OF PARNASSUS 紹介したけれどもう記事消えてるかも・・・)。

そんな2人が2015年に刊行した本作。

先に言っておくと、あらすじをみるとキングに焦点が絞られていたり、ジャンルが「ロマンス」になっているあたりはややミスリードかもしれません。


本作は大きく分けて一般的なコミック形式となっている前半部分(七章まで)と、写真と文章から構成される後半部分(八章)とに分かれており、前半部分ではオリーブとキングがそれぞれ置かれている状況を交互に描く一方、後半はキングが記したエッセイの体裁を取っています。


かなり遅効性の作品です。

正直、読んでいる間は前半と後半の関係がいまいち見出だせなくてやきもきさせられました。

最後のページを読んでなんとなく関係がわかってからもしばらく「ふーん」という感じ。

ですがその後時間をかけて徐々に響いてきます。

私自身は読み終えてから30分くらい経った頃ですかね。

気がつくと、寂しさとも絶望ともつかぬ、いたたまれなさに浸っていました。


キャラクターについては評価が分かれるかもしれません。

メインキャラクターであるオリーブとキングの2人は序盤を除いてほぼやり取りがありませんし、特にオリーブの方は台詞の大部分が小説や舞台からの引用で心情がわかりにくくなっています。

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遭難して以降の台詞はほぼ引用 出典: RUSSIAN OLIVE TO RED KING by Kathryn Immonen and Stuart Immonen, AdHouse Books

キングにしても犬のパーシャとモブくらいとしか交流がなく、心情を吐露する時は彼女を求める言葉ばかり(人によっては「うじうじしている」と捉えてしまうかも)。

どちらもいわゆる成長や変化には乏しく、内面も表情や周辺の状況から読み取る他ありません。


しかし、言葉からわかることが少ないからこそ本作はボディブロウのように効いてきます。

遭難し人里から遠く離れた雪の中に1人残されたオリーブ。

刻一刻と生存の可能性は低くなっていく中、彼女は救いを求めて歩を進めます。

その口から発せられるのはチェーホフ『サハリン島』やシェイクスピアの『真夏の夜の夢』から拝借した言葉。

不安や恐怖など、彼女の内面を言葉から察することはかなり困難です。

どんどん状況が悪化する中、引用ばかりを口にする彼女の変わらない様子は逆に”抗えぬ結末”が近づきつつあることをひしひしと感じさせます。


そしてそのことを一番如実に感じているのは2人のアパートで彼女を待つキング。

まるで彼女の危機を肌で感じているかのように彼の心は諦念へと落ちていき、誰に促されるでもなく彼女との結びつきを手放していきます。

読んでいて非常に辛い。


そしてこうしたキングの絶望を反映するのが後半のエッセイです。

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後半は大部分がこの体裁 出典: RUSSIAN OLIVE TO RED KING by Kathryn Immonen and Stuart Immonen, AdHouse Books

内容は子供の頃に失踪した父のことや、かつてP.T.バーナム(映画『グレーテスト・ショーマン』でお馴染みの人)のもとで飼われていたサーカス象のジャンボのこと。

「 for Olive 」と題されているのにも関わらず一見何の関わりもない内容のように見えますが、読み進めるうちにオリーブを失ったキングの寂寥感が伝わってきます。


文章と一緒に掲載されている割れた窓ガラスの写真については一応、終盤でその全容が明かされますが、その意味するところなどははっきりとは語られません。

他にも本作は2人の半径数メートル以内に描写を限定しているため、伏せられている情報が多く、人によっては戸惑われるかも。


かなり能動的な読み方を求められるという点で人を選ぶ作品だとは思うものの、文学的な感性に富んだ作品といえるでしょう。


刊行されてからやや時間が経っている上に電子版が出ていないようなので少々入手し辛いかもしれませんが、見つけた際には是非手に取ってみて頂きたい作品です。



それでは本日もよいコミックライフを。