頭脳明晰、体力抜群、持ち前の行動力と人当たりの良さで多くの事件を解決してきた謎の覆面私立探偵、The Spirit — 彼がCentral Cityの裏街道から原因不明の失踪を遂げてから既に2年。協力関係にあった警察の組織体制はじめ街の様相が徐々に変化しようとする中、元相棒だったEbony Whiteが彼の行方を捜査し始める。
Will Eisner本人の『THE SPIRIT』は未だ入手できずなものの、2015年が初載から75周年ということからDynamite Entertainmentで復活した新作はばっちりゲット。クリエイター陣は全く異なるものの、根底に流れる娯楽性はしかと引き継がれている。
原書Kindle版: Will Eisner's The Spirit #12: Digital Exclusive Edition
他社で持て余しているフランチャイズの版権を買い取っては新機軸を取り入れて世に再び送り出すのを得意とするDynamite Entertainment。
他にもIan Flemingの『007』シリーズや米国SFドラマ『Battlestar Galactica』などといった作品群のコミック、あるいはパブリック・ドメイン入りした過去のスーパーヒーローのリメイク『PROJECT SUPERPOWERS』などを出している。最近では『THE SHADOW』や『GREEN HORNET』といったパルプ・フィクション系の方面へ特に力を入れており、今回の新作『THE SPIRIT』もそうした流れを汲んだものといえよう。
まず表紙を眺めてEric Powellの絵にうっとり。Powellに関しては以前からマッチョ野郎がゾンビ共を千切っては投げる『THE GOON』にも興味があったため、絵だけでもここで堪能できるのは嬉しい。リアル調ながらいい感じに角の立っている人物も格好いいが、赤や青といった極彩色の使い方が何とも絶妙。Spiritの青いコートもキマっている。
インテリアのDan SchkadeもEisnerの古き良きデザインを下手に弄ろうとせず好印象な絵柄。Eisnerよりややカートゥーン調が強いものの、快男児としてのSpiritを描く上では十分アリだ。基本夜を舞台としながら暗さが作品の雰囲気を壊さないBrennan Wagnerの色遣いも見事。
肝心のストーリーについてはライターがライターなので全く危惧はありませんでした。Matt Wagnerはオリジナル作『GRENDEL』の他、すっかり夢神様の座が定着していたSandmanの名を元のガスマスク・ヒーローに戻した『SANDMAN MYSTERY THEATRE』などの代表作を持つノワール系作品の第一人者であり、パルプ・フィクションな話を書かせたら右に出るものはいないと言われる名匠。Eisnerがスピリットを描いた時代の情緒を捉えられる人物とは分かっていたので、強いて不安だったことを挙げるとすればSpiritらしいフットワークの軽さがあるかどうかだったものの、#1を読んですぐに大丈夫と確信した。
以前、Frank Millerが監督した『THE SPIRIT』の実写映画に関して「作り方としては間違えていなかったものの、実写化すること自体に難がある作品だった」と言及したが、あれを見れば分かる通り、Spiritは路地裏や屋根の上を活躍の場としていながらBatmanのようなヒーローとは全くベクトルが異なる。犯罪者の心に恐怖を植え付けるBatmanと違い、Spiritはひたすら前向きだ(クロスオーバーはしていたけれど)。
『NY: LIFE IN THE BIG CITY』の回でも言及した通り、Will Eisnerは人間を観察し、その姿をコミックとしてページの上に描き出すことがとても上手なクリエイターだった。探偵業を生業としながら軽口を叩くSpiritの姿は、例えばパトロール中に相棒と冗談を言い合う警官の一面を誇張したものと思われ、実写化するにはその誇張をスケールダウンして現実味(というかつまらなさ)を帯びたキャラクターに仕立て上げるか、さもなくばコミックの雰囲気をそのまま取り出してMiller版のような妙なテンションにするしかなかったものと思われる。