Immortal Hulk (2018-) #1 (English Edition)
2019年4月、にわかに信じがたいことが起こった。
コミック卸大手のダイヤモンド・コミック・ディストリビュート社が毎月発行するアメコミ販売部数ランキングにおいて、THE IMMORTAL HULK #16 が同月刊行された BATMAN #68 と #69 を上回ったのである。
BATMAN といえば DC のフラグシップタイトル。自ずと注文が増える仕様のクロスオーバー系イベントや新シリーズの #1 などを除いた通常の月刊シリーズ物ではまず不動の1位をキープし続ける存在といえる。
その王座が陥落した - それだけでも驚きなのに、引きずり落としたのが AMAZING SPIDER-MAN や AVENGERS のようなマーベル側のトップチョイスではなく、THE IMMORTAL HULK だというのだから殊更だ。しかもこの号は重要な新キャラが登場するわけでも、ショッキングなシーンがあるわけでもない。
単純に内容で勝負してこの結果なのである。
その証拠に5月の注文数ランキングでもTHE IMMORTAL HULK#17 は BATMAN#70 、 #71 を上回っている。
一体、このコミックの何がそんなにすごいというのか?
現在話題沸騰中のTHE IMMORTAL HULK について本日はその魅力をざっくりと紹介してみよう。
あらすじ
再び死から蘇ったハルク。ブルース・バナーは今やガンマ線の影響で自らが不死の存在となってしまったことを悟る。
昼間、ブルースとして何度殺されても、夜になれば還ってきてしまう。なぜなら、夜はハルクの時間だから・・・。
途方に暮れた彼は自らの復活を誰にも告げないまま、当てのない旅へ出る。そして同じように ガンマ線を浴びて変わってしまった者達と遭遇していくうち、彼らが一様に垣間見る“緑のドア”の存在に気づき始める。
一方、フォーティーン将軍率いる米軍の秘密部隊シャドー・ベースをはじめとして、ハルクの復活をいち早く察知した者達もその足取りを密かに追い始めていた。
1.ホラーのハルク
Immortal Hulk Vol. 3: Hulk in Hell (The Incredible Hulk)
ハルクが『ジキル博士とハイド氏』や『フランケンシュタイン』といったゴシックホラーの名作から着想を得ているというのは有名な話だ。
そのことはデビュー当初における怪奇色の強さにも現れている。生みの親の1人であるジャック・カービィはファンタスティック・フォーを生み出す以前のマーベルにおいて巨大でおどろおどろしい容姿の怪物をフィーチャーした作品を数多く発表しており(初代グルートとかも彼が手がけた)、彼が担当したTHE INCREDIBLE HULK#1-5 にもその才覚はいかんなく発揮されている。
人は怖いものが好きだ。
当初評判がかんばしくなかったため6号で休刊に追い込まれた本誌が、その後大学生を中心とした青年読者層の強い要望に応じて復刊したというのは有名な話である。
しかし、その後マーベル・ユニバース内で他のヒーロー達と関わっていく中で、ハルクは徐々にその怪奇性を弱めていく。
キャプテン・アメリカやソーといった“英雄”と肩を並べるのにハルクのように圧倒的な強さを誇る怪物というのは都合が悪いのだろう。彼は徐々に“無敵のモンスター”から“悩める異形のヒーロー”へと作り変えられていく。
Immortal Hulk (2018-) #8 (English Edition)
そんな中、ハルクを再び怪物に生み直したのが今回のTHE IMMORTAL HULK なのである。
今回の連載では物語にホラー性を取り戻す上で様々な試みが行われているが、まず特筆すべきは「夜になるとハルクに変身する」という設定だ。
ハルクと言えば「怒ると変身」というのが大多数の認識だが、実のところデビュー当初は「日が暮れるとブルース・バナーからハルクに変身する」という設定だった。「怒ると変身」というのは後から改変されて付け加えられた設定なのである。
THE IMMORTAL HULK ではこの初期設定を用いることでハルクの主な活躍の舞台をホラーらしい夜間とした。昼にブルースとして活動している彼は何度死のうとも夜になるとハルクとして戻ってきてしまう。
ハルクが蠢く様子も絵になるが、それ以上にダメージを負った肉体が再生するシーンがこれまた身の毛がよだつようなトラウマ級の描写に仕上がっている。クローネンバーグ的ボディホラーが好きな方は必見だ。
2.最強のハルク
Immortal Hulk (2018-) #4 (English Edition)
THE IMMORTAL HULK のハルクはとにかく強い。
通常兵器は一切寄せ付けず 、アベンジャーズさえ歯が立たない。軍の仕掛ける罠も力技で突破し、終いには冥界をもねじ伏せてしまう。あらゆる敵を凌駕する圧倒的な存在としてハルクは君臨する。
モンスターが“怖い”存在なのは、それが防ぎようのない存在であるからだ。
クトゥルー、ゴジラ、貞子、ペニーワイズ・・・こうしたホラーの代名詞的存在に私達が恐怖を抱くのは、こういった連中が圧倒的な力を備えているからだ。
逃げることも隠れることもできず、しかしまともにかち合って敵う相手ではない。
そういう存在であるが故に我々はこうした存在に畏怖と恐怖の感情を抱く。(これがどうにかなってしまう相手だとホラー性が薄れ、アクションあるいはコメディになってしまうことはいろんな作品からもわかるけれどそれはまた別の話)
ハルクについてもこれは同様だ。
先程も述べた通り、当初絶対的な強さを誇る怪物として産み落とされた彼は、しかしマーベル・ユニバースへ組み込まれるに当たって他のヒーローと肩を並べられるよう、それとなく弱体化された。
Immortal Hulk (2018-) #7 (English Edition)
ハルクの過去シリーズを見ると文字通りハルクに怪我を負わせるなどして力を発揮できなくなるような話と、逆にハルクでも敵わないような相手を出して相対的に彼を弱く見せるような話とがかなり多い。
得られる結果は基本一緒だ。
能力の発揮を制限することでキャラクターが乗り越えるべきハードルを提示し、その過程で新たなアイデンティティを発見させる − 成長譚としては王道の(とは謂えぶっちゃけ面白くない)この展開はヒーロー物ならそれなりに効果を発揮するが、ホラーモンスターとはいささか相性が悪い。
対抗できる手段が存在しないような脅威であるからこそ怪物は恐れられるのであって、対応できてしまう相手ならそれは駆除対象の害虫でしかない。
おどろおどろしさは削がれ、むしろ親しみが湧いてきてしまう。
このことは MCU におけるハルクなんかを見てもわかることで、映像版の彼からはもはや怪物らしさなど微塵も感じられなくなってしまった。『エンドゲーム』で示されたようなプロフェッサー・ハルクもそれはそれで新たなキャラクター像としてアリなのかもしれないが、そもそも彼の怪物的な魅力に惹かれた私のような人間にはパロディ化のようで少しさびしくもあった。
そうした中、THE IMMORTAL HULK では逆に“親しみやすさ”を排除した存在としてハルクを跋扈させる。
ある程度言葉は通じるが、意思は全く通じない。自らの赴くままに突き進み、未知を阻むものは徹底的に排除する。そんな最凶のハルクと、それに振り回される周囲の姿—これこそが本作の醍醐味だ。
3.イースターエッグのハルク
Immortal Hulk (2018-) #15 (English Edition)
当初、原点となったホラー要素への回帰を除くと過去のシリーズとはだいぶ距離を置いたものとなるように見えた IMMORTAL HULK だが、物語が進むに連れて驚くほど過去作へのリスペクトとイースターエッグに満ちている作品であることがわかってきた。
例えばハルクの人格について。
今回のハルクは過去作において登場したあらゆる人格を取り込んだ多重人格者となっている。
現在のところ提示されているのは
1)ブルース・バナーの人格( BRUCE )
2)一般的に良く知られている幼稚なハルクの人格( SAVAGE/CHILD HULK )
3)かつてジョー・フィクシットという名で悪漢として活躍していた人格( JOE FIXIT )
4)上の3つを統合してブルースの理性とハルクの野生を兼ね備えた人格( PROFESSOR )
5)惑星サカーの支配者として民衆を率いた英雄グリーン・スカーの人格( GREEN SCAR )
6)今回のシリーズで初登場した新たなハルクの人格(”DEVIL” HULK)
の6つ(カッコ内の呼称は #18 を参照)。
時に片言で暴れまわっているかと思えば、不気味な笑みを浮かべながら奸計を張り巡らせることもある。この人格の切り替えが物語にちょっと謎解きの要素を加えると共に、読者へ過去作を読み返したくなるような刺激になっている。
私自身、ジョー・フィクシットの人格が登場した時にはこいつが初登場したピーター・デヴィッドの連載を読んでみたくなった。
こうしたインセンティブを単なる小ネタとあなどるなかれ。時として物語の方向性を示唆するヒントとなることもある。
実際、先に挙げた5つの人格のうちの最後の人格について、ブルース・バナーはこんな興味深いセリフを口にする。
‘AND “DEVIL HULK” JUST FEELS LIKE TEMPTING FATE. HMH. COULD BE WORSE, I SUPPOSE. YOU COULD START CALLING YOURSELF THE MAES—’
(それに”悪魔ハルク”じゃ傲然としてる。まあ、マシな方かもしれないな。あるいは君なら自分のことをマエス・・・(私訳))(IMMORTAL HULK #18より)
おおおおお!
Hulk: Future Imperfect (English Edition)
この他にもハルクを追いかけ回す軍の秘密部隊シャドー・ベースが60年代から70年代にかけてロス将軍が率いていたガンマ・ベースに由来していたり、これまでガンマ線を浴びて変身したドク・サムソンやアルファ・フライトのサスクワッチなどといったキャラが数多く再登場したりするなど(死んでいた連中もハルク同様不死身の存在として復活している)、過去のシリーズで起こったことをふんだんに取り入れた内容になっている。
変身したベティ・ロスが赤い半人半鳥の姿で復活するところなんかも彼女が過去に変身したことのあるレッド・シーハルクとハーピィをミックスしたにくい演出だ。
Incredible Hulk (1962-1999) #168 (English Edition)
さらに各地を渡り歩く展開もかつて70年代から80年代にかけて放映されたTV版を彷彿とさせると言われ、そちらのファンからも好評を得ている。
4.クリエイターのハルク
Immortal Hulk (2018-) #14 (English Edition)
コミック読みとしては本作はヒーロー物では珍しく長期に渡ってクリエイターが固定しているのも評価できる。
シリーズを一貫して担当しているライターのアル・ウーイングはこれまで ULTIMATES などで高い評価を得ていたものの、タイトルに恵まれず埋もれてきた人物だ。彼は過去作の設定を取り入れつつ新基軸を打ち出す温故知新に長けており、その才覚は本作でも遺憾なく発揮されている。
またブラジル出身で本シリーズのメイン・ペンシラーを務めるジョー・ベネットも90年代から DC やマーベルで数多くの作品を手がけてきた熟練アーティストだ。彼をはじめとしてインカーのルイ・ホセ、カラーのポール・マウンツ、あるいはレタラーのコーリィ・ペティといった作画チームも#1から継続して担当している。
やもすると刊行ペースを守るためにライターやアーティストが頻繁に入れ替わる昨今のDCやマーベルで本作のようにチームが一貫している作品にはインデペンデント系で見られるような作家性が垣間見える分、深みがある。
先月20号目を突破し、まだまだ勢いの衰えを見せないTHE IMMORTAL HULK 。
是非ともその凄さを自分の目で確かめて頂きたい。
リーフならこちらから
Immortal Hulk (2018-) #1 (English Edition)
単行本ならこちらのソフトカバーか
Immortal Hulk Vol. 1: Or is he Both?
もしくはこちらのハードカバーをどうぞ
Immortal Hulk Vol. 1 (Immortal Hulk HC)
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