今回注目すべき点はおじいちゃんの涙です。
原書合本版(ただし今から買うなら下に紹介する合本の方がおすすめ)(Amazon): Essex County Volume 2: Ghost Stories
アイス・ホッケーをこよなく愛する Lebeuf 兄弟。大人になった彼らは順に街へ出て共に同じプロのチームに入団するも、街の暮らしを謳歌する兄 Lou と、心は常に故郷の畑にある弟 Vince との距離は少しずつ広がっていく。やがて Lou は弟の恋人 Mary と一夜の過ちを犯してしまう……。
裏切り、別離、葛藤、そして喪失。やがて再会した彼らを待ち受けるものとは — 。
Jeff Lemire が自身の故郷でもある Essex County (イメージ的にはカナダ版カンザスみたいな)を舞台に描くヒューマンドラマの傑作。本作を読んだ後で彼の作品を読むとあちこちにその影響というか名残みたいなものを発見することができるので本人にとっても相当インパクトのある作品だったのかと。
前回は叔父に引き取られた少年の成長と新たな親子関係を描いたものだったが、今回は性格も境遇も対称的な兄弟の愛憎劇(この言葉の使い方、これであってるのかしらん)。老いて半ばボケてしまった兄が少しずつ衰えながら、前章で登場した Jimmy の祖父(つまり少年の曽祖父)にあたる弟との確執などを回想していくというあらすじ。
中年ものにおける老人の涙腺崩壊シーンって何気に青春恋愛もので彼女が死んでしまう展開と同じくらいの必勝パターンの演出じゃないでせうか。歳とともに凝り固まった感情をぶわっと解き放つおじいちゃんおばあちゃんの姿って結構真に迫るものがあると思います。しかも青春ものにおける彼女殺しと違い、こっちはまだ市場に氾濫していないため胸焼けもし辛いし。
逆を返すとそういうベタな湿っぽさを愛せるかどうかがこの作品を楽しめるかどうかの鍵になるかと(じじい好きの私はかなりいけました)。
はっきり言って、 Lemire はここでそんなに特別なことをしているわけじゃない。都会の鼠と田舎の鼠的な2人の兄弟を、一度離して再び近づけるという展開は映画や小説で見たことある方も少なくないだろう。ただ、刊行されるものの8〜9割が SF かファンタジーというアメコミでこれを描いたというのは中々意義が大きい。言葉と絵(それもモノクロ)という小説以上映像以下の構成要素で涙を流す老人を描くとどう見えるか。
これが中々いい。
映像で見るほどの生臭さもなく、文章で感じるほどの飾りけもない。 Lemire の乾いた感じたアートも相まって、感情が心に直接突き刺さってくる。何に涙を流しているのかわかりそうでわからないもどかしさも抉りこんでくる。
単純なハッピーエンドともバッドエンドとも判断のつかない物語は、その見通せない分だけ美しい。