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書評『 COMIC BOOK IMPLOSION: AN ORAL HISTORY OF DC COMICS CIRCA 1978 』( TwoMorrows, 2018 )

 先日の『 SLUGFEST: INSIDE THE EPIC 50-YEAR BATTLE BETWEEN MARVEL AND DC 』でもちらっと触れられていた『 DC IMPLOSION 』事件、その実態に迫るノンフィクション書籍。

 ウチに届いたのと同じ日にジェフ・レミーアが本書についてツイートしてちょっと鼻息荒くなったぜ。


Comic Book Implosion: An Oral History of DC Comics Circa 1978


 時は1978年6月。
  DC は突如刊行ラインナップの4割近くを一斉に打ち切り、フリーランスを中心としたスタッフの大量解雇へ乗り出した。ほんの少し前まで刊行作品の数を増強するキャンペーンを張っていたこともあり、この手のひらを返すような動きは業界で大きな話題を呼んだ。打ち切られた作品は未刊行ながら発表されていたものも含め20以上に及び、寝耳に水で契約を打ち切られた数多くのクリエイターが仕事にあぶれたという。
 これが後に DC 最悪の事件と呼ばれるようになる『 DC IMPLOSION 』事件である。
 
 本書ではこの事件が起こる前後数年、新たな編集長( パブリッシャー )にジャネット・カーンが就いた76年から80年にかけてを、当時刊行された雑誌や同人誌から関係者の発言を引用する形で明らかにする。


 さて「IMPLOSION = 爆縮、内部爆発」という名前からも読み取れる通りなりふり構わない価格上昇や新タイトルの濫造による DC の自爆みたいに認知されることも少なくない本件だが、本書では必ずしもそうではない諸々の事情が浮かび上がってくる。
 端的に言えば『 DC IMPLOSION 』は当時の業界全体の歪みが引き起こしたものであり、 DC はその貧乏くじを引いたというのが結論だろう。その証拠に、マーベルも半年ほど遅れて20近いタイトルを立て続けに打ち切っている。


 最大の問題として度々指摘されるのがコミックの価格ニューススタンド(日本でいうキオスクみたいなとこ)での販売方式だ。

 ジャネット・カーンが DC にやってきた頃、コミックの価格は32ページのもので20¢とか25¢とかであった。メインのターゲット層である子供に配慮した価格設定のつもりではあったが、印刷費などはギリギリで、また『 LIFE 』など割高な他の雑誌と比べた時にはどうしても小売店の利益が少なく不遇な扱いを受けることが多かったという。

 これを問題視したカーンは徐々にページ数を増強するなどしながら価格を調節し、当時 DC が張っていたキャンペーンで事件の名前の由来となった『 DC EXPLOSION 』というのもその反動を軽減するための企画だった。
 が、やはりどういう形であれ価格を釣り上げることに対しては業界内外から疑問視する声が根強く、またマーベルなんかがそれにつけこんで安さをウリにしようとしたりするものだからかなりの博打であったことに変わりはない(言い方は悪いが散々 DC を人身御供に捧げながら最終的にはマーベルも価格を釣り上げるのだから悪しからず)。


 さらに DC にとって運の尽きともいうべきだったのが、77年と78年に米国東部を襲った大寒波だ。インフラを麻痺させるほどの豪雪により物流が滞ったことでコミックひいては出版業界全体が被害を被った。
 にも関わらず、ガタ落ちした売上げを価格上昇の結果と勘違いした親会社のワーナーはこれを見咎め、打ち切りとリストラの命令を下したという(もっと言えばその時の売上業績というのは『 DC EXPLOSION 』に伴う価格上昇が始まる前のものであったとか)。

 タイミング的なことは勿論、 DC の経営がコミックのことを何も知らないワーナーの人間によって行われていたことも不幸だったと言わざるを得ない。


 こうして『 BLACK LIGHTNING 』『 KAMANDI: THE LAST BOY ON EARTH 』などのタイトルは打ち切られ、 DC 初のアフリカ系女性を主役にしたタイトルとなる筈だった『 VIXEN 』の創刊は見送られた。 DC という社名の由来である『 DETECTIVE COMICS 』まで打ち切られかけたというから余程切迫した事態であったことが窺える。
 当時解雇されたクリエイターがマーベルに殺到したとか。


 崖っぷちに追い詰められた DC だったが、騒動の直後に公開されたリチャード・ドナー監督『 SUPERMAN 』の大ヒットやマーヴ・ウルフマンジョージ・ペレスによる『 THE NEW TEEN TITANS 』の登場などで息を吹き返す。上昇した価格も徐々に受け入れられ、またニューススタンドに代わりコミック専門店が台頭してきたことも功を奏したという。


New Teen Titans Vol. 1


 大きな被害を出した『 DC IMPLOSION 』だったが、長い目で見ると業界全体が環境改善に動き出すためのショック療法として必要だったものといえる。その痛みと不名誉を DC が一手に引き受けざるを得なかったことについては多少の不公平感も否めないが、逆を返すと DC くらい体力のある出版社だからこそ切り抜けることができたとも考えられる。

 『 SLUGFEST 』を読んだ際、 DC の価値が長年続くことによるノスタルジー(とバットマン)にまとめられてしまったことを不満に感じつつ、これといった反論材料を挙げることのできなかったことに我ながらやきもきしたが、今回本書を読むことで業界を牽引する DC の役割を再確認することができた。

 私自身は大満足。インタビューをまとめた形式のため、関係者の赤裸々な発言を目にすることができるため業界の内部事情とかを知るのが好きな方に大変おすすめな1冊です。


 なお本騒動によりお蔵入りした数多くの作品だが、その多くは後々他誌に掲載されたり、また一部スタッフにより『 CANCELLED COMIC CAVALCADE 』という内輪向け同人誌にまとめられたとか。


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