VISUAL BULLETS

アメコミをはじめとした海外コミックの作品紹介や感想記事などをお届け

PULP ( IMAGE )

アメコミで英語を勉強してみたい人にもオススメ。

あらすじ

1930年代、ニューヨーク。

西部劇小説を雑誌に書いて生計を立てているマックス・ウィンター。

彼には1つの秘密があった。

彼が書いている内容は全て若かりし頃の自分、殺人も厭わぬ無法者だった頃の自分をモデルにした作品なのだ。

しかし、時代と共にマックスも変わり。

今では生活費を前借りするため嫌な編集者頭を下げ、好きな内容を書くこともできない日々。

そんなある日、マックスは心臓の病に見舞われる。

いつ死んでもおかしくない年齢。

愛する妻に備えを残して逝きたい。

悩んでいた彼は、ふと現金輸送車を目にする。

かつての自分が静かに戻ってきた。

誰にでも勧められる秀作


エド・ブルベイカーショーン・フィリップスは DC の VERTIGO レーベルから刊行されたSCENE OF THE CRIME以来の付き合い

(追記:最初初タッグは”SLEEPER”って書いてたんですが間違ってたので訂正しました)。

犯罪物の金字塔と言われる CRIMINAL をはじめ、これまで数多くの作品を手がけてきたタッグであり、そのどれもが傑作の域に至る出来です。

とりわけ犯罪や陰謀が絡むネオ・ノワール系作品に定評があり、怪奇ホラー色を盛り込んだ FATALE や、”クライム版スパイダーマン”とも称されたヴィジランテ物 KILL OF BE KILLED などが代表作として挙げられます。

現在もアクション活劇 RECKLESS 三部作シリーズを刊行中。


さて、そんな2人による新作。

ファンであれば読まない手はありません。

本作は一見するといつもと同じ犯罪物ですが、それ以上に西部劇やメタ要素、社会批評などを存分に盛り込んだ彼らの新境地となっています。


また、彼らの作品を読んだことがないという方やアメコミ自体読んだことがないという人にも本作はオススメ。

70ページ程度で最初から終わりまで後腐れなく完結する本作は、長すぎず短すぎず丁度良い分量。

英語の読みやすさ、内容の密度などという観点から初めてのアメコミとしてピッタリの作品です。

短くも映画並の満足度

上記のとおり本作はページ数にして70ページほど。

通常のリーフよりは長いものの、単行本としてはかなり短い方です。

そんな短さの中にどれだけ詰め込むことができるのか?

答えは”かなり”です。

アクションあり、ミステリーあり、カタルシスあり。

長々とストーリーを展開させる作品も多い中、本作は無理のないスピード感で濃密な内容。

良質な90分映画を1本見たのと同程度の満足度は得られるでしょう。

ジェイコブ・フィリップス

ブルベイカーのハードボイルド小説のような語りに、フィリップスのシンプル過ぎず描き込み過ぎず具合の良いアートは安定した高クオリティ。

それに加えて本作ではカラーリストの色使いも冴えています。

実は本作でカラーを担当しているのはショーン・フィリップスの息子であるジェイコブ・フィリップス

2019年頃から父とブルベイカーの作品でカラーを提供し始めた彼は、新鋭ながらはやくも業界で頭角を示しつつあります。

本作でもその才覚は遺憾なく発揮されており、父とブルベイカーがこれまで築き上げてきた作風を壊さぬ一方で、自分なりの工夫も盛り込んでいます。

例えば下の画像を御覧ください。

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出典: PULP by Ed Brubaker, Sean Phillips, Jacob Phillips et al. IMAGE COMICS

何も意識していなければ、単に雪が降っている光景として見過ごしてしまうかもしれませんが、一般的な手法と異なり白いインクをページの上から撥ねた飛沫で表現しています。

また、真っ黒なベタには敢えて白い飛沫を被せていません。

ブルベイカーとフィリップスの過去作 CRIMINALS などと比べると違いがはっきりわかります(これはこれで好きですが)。

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出典: CRIMINAL VOL.2 LAWLESS by Ed Brubaker, Sean Phillips, Val Staples et al. IMAGE COMICS

ブルベイカーとフィリップス(父)のタッグに新たな魅力を加えているジェイコブ・フィリップス。

今後見逃せないアーティストです。

業界へのラブレター

多彩な人間ドラマが大きな魅力のブルベイカーとフィリップスのタッグですが、近年は作中で鋭い批評なども行うようになり厚みをより一層増してきた印象があります。

特にブルベイカーについては以前から現在のコミック業界の体制、特にマーベルなど大手の体制に批判的なことでも知られており、人によっては、先日ディズニー+で配信された「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」について、ウィンター・ソルジャーというキャラクターのロイヤリティを巡って苦言を呈していたことも記憶に新しいでしょう。


本作も一見1930年代を舞台にする時代物のようですが、クリエイティブ業界における不自由性、や白人至上主義の蔓延など(残念なことに)現在でも通じるテーマを多分に盛り込んでおり、ある種の寓話として解釈することも可能です。

特に終盤の展開は現在のコミック業界含めた米国全体に対する彼らのメッセージといえるでしょう。

本作は言ってみれば現代社会に対する社会批評であると同時にラブレターでもあるのです。


ちなみにこういう書き方をするとメッセージ性が鬱陶しい作品なのではないかと勘違いする方もいるかもしれませんが、ご安心を。

こういった要素はモノローグなどを通し、上手に盛り込まれているのでむしろ強みとして本作を優れた社会派エンターテイメントに仕上げています。



どれも賞を取ってもおかしくない高品質な作品を発表し続けるブルベイカー&フィリップス(親子)。

本作はそんな彼らの新境地であると同時に、初心者に勧めやすい1冊にもなっています。


是非手に取ってその目で確かめてみて下さい。

なお、上でジェイコブ・フィリップスと対比させるために出した CRIMINAL シリーズも良いですよ。

2巻目ですが単発作品としても読めます。


それでは本日も良いコミックライフを。