VISUAL BULLETS

アメコミをはじめとした海外コミックの作品紹介や感想記事などをお届け

本の紹介;THE TEN-CENT PLAGUE

そんなわけで昨今の表現を巡る議論に乗っかるべく最近国内外問わず色々読み漁ってるわけで、今までずるずると読むのを先延ばしにしてきたこれもようやく読み終えました。

アメコミ業界における戦後から1950年代にかけての表現規制を巡る動向を描いたデヴィッド・ハジューによるノンフィクション書籍。

日本語訳では『有害コミック撲滅!――アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』という題で出ています。本屋さんか図書館で探してみよう。

表現規制うんぬんと関係なしにもアメコミ関連本としてはかなり高く評価されているので、題名だけでも見聞きしたことがある人も多いのではないかと思います。

とりあえず BLACK HOLE (この間アップした名作100選にも入ってるよ!)で知られるチャールズ・バーンズの手掛けたカバーにうっとり。

この人の操る黒はホント、妖しさを内包していて良いです…。


さて。

シルバーエイジ以前のアメコミ史

かの悪名高きコミックス・コード・オーソリティ(以下CCA)が生まれるまでの過程が主に描かれてますが、それ以外の部分も結構丁寧に書かれているため、単純にアメコミの誕生から50年代あたりまでの歴史をさっくり知りたいという方にもおすすめ。

以前読んだ MARVEL COMICS: THE UNTOLD STORY だとシルバーエイジより前はやや弱かったんで、その辺の補完になったのは個人的に嬉しかったです。

特に EC コミックス周辺に関しては今までかなりふんわりしていたのでこのへんに結構スポットライト当たってたのもベリーグー。

業界や世論がメイン

CCA については自分でもネットでちょいちょい調べてそこそこ知ったつもりでしたが、本書を読む前と読んだ後とでは明らかに差が出る情報量です。

とはいえ「これまで信じていた事実がひっくり返された」的な驚きはなくそれよりかは「ああ、この事実にはこういう一面もあったのか」と深堀りした読後感。

CCA そのものや、その成立に一役買った SEDUCTION OF THE INNOCENT の著者フレデリック・ワーサムに対する否定的な印象ははっきり言って覆ることはありませんでした。

ただ CCA 成立に至るまでの業界関係者の思考や対応、あるいはワーサムがあそこまで影響を及ぼすことを可能とした当時の社会状況なんかに関する知見はだいぶ深めることができたかと。

改めて考えると CCA とかワーサムとかといった要所要所は本書の前に読んだ SEAL OF APPROVAL: THE HISTORY OF THE COMICS CODE と比べると、やや扱いがあっさりしているかも。

そういったポリティカルな動きよりは業界と世論形成などの方に焦点が置かれている感じですね。

ちなみにその SEAL OF APPROVAL ですが、元が論文だかで書き方が固いのとだいぶ前に刊行されたもので考えの古いのとでややとっつきにくさはありますが、先述の通り CCA を考えるに当たって重要だと思われるポイントについてはかなり詳しいところもあるので気になる方は是非。

見せ場

個人的な本書の山場はやはり13章の終盤(私が持っているやつだと271ページあたり)。

54年4月に開かれたコミックに関する公聴会。

表現規制派と放任派、双方の意見を聴くために開かれたこの公聴会ですが、そこで議員の1人が EC の Crime SuspenStories #22 の表紙(ジョニー・クレイグによる例の切り取られた女性の生首を持った手が描かれたやつ)を指して「じゃああなたはこの表紙の絵を見て“良い味出してる( in good taste )”と思うのですか?」と問うたのに対して EC の編集長だったウィリアム・ゲインズが咄嗟に「はい」と答えてしまったことから(デキセドリンが抜けた影響もあり)どんどんしどろもどろになってしまいドツボにハマっていく様子。

この印象的なやり取りがきっかけでこの後アメコミ業界は大きく自主規制という方向へ舵を切るようになるわけですが。

この様子をライター仲間であるジャック・オレックの家からテレビの生中継で観ていたジャック・カービィ&ジョー・サイモン

カービィが呻きを上げる隣でサイモンは「バーカ、バーカ、バーカ!( Stupid, stupid, stupid! )」と猛り狂ったとか。


なんというか、本書に描かれる出版社と政治家とクリエイターの関係性を端的に現していたと思います。

表現の自由について

表現の自由に関する問題は自分でもまだ考えがまとまっていないので現時点で言えることはあまりないんですが。

強いていえば「 CCA 成立に至ったアメコミ業界のような状況は現代日本の漫画業界でもいつ起こったっておかしくないし、見え方が違うだけで似た状況は既に起こりつつあることをみんなもっと自覚した方が良い」ということですかね。

今回本書を読んで結構印象的だったのが、 CCA 成立当時のアメコミ業界と今の日本の漫画業界で結構雰囲気が似ていると感じたこと。

市場規模とかはもちろん桁違いだし、今の日本で漫画が国民的文化として見られているのに対し当時のアメコミが比較的新メディアとして見られていたこととか、違いは違いで相当あるんですが。

他方で表現の自由を巡っては放任派と規制派が互いに平行線の議論(と呼んでよいのかもあやしい口喧嘩)を繰り返していることとか、具体的な論点の曖昧さとかはなんとなく似た空気を感じます。


SNSでどれだけ声高に叫んだところで政治はいざとなればそんなものいくらでも無視できるし、メディアだっていくら今はアニメや漫画を重宝していても状況が変わればすぐ掌を返すことができます。

そして最近国内外で価値観が大きく変わりつつあることは、誰もが少なからず感じているのではないでしょうか。


忘れてならないのは、今ほど表現の自由が許されている日本の状況は歴史的に見てもかなり特殊であるということです。

そのことに失念してあぐらをかいてしまえば、状況はあっさりとひっくり返されてしまうでしょう。

送り手受け手問わず”表現は対話”であるということを忘れてはならないと思います。


表現の自由についてはもっと色々話したいところなんですが、上でも述べたとおりまだ考えがふんわりしてるのでここらでやめときます。

具体的な話ができなくて申し訳ないです。


なんにせよ”表現の自由”というテーマについて真面目に考えてみるなら本書はかなりおすすめの1冊です。

以上。