VISUAL BULLETS

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RAIN LIKE HAMMERS (IMAGE)


小さい頃、手塚治虫の初期の SF 作品とか好きだったんですよ。
特に好きだったのが群衆のシーン。
『メトロポリス』とかでたくさんのキャラがギュウギュウ詰めになって各々動き回ってるページなんかがあると長時間見入ったりして(何故かウォーリーをさがせ!みたいのはそんなに読まなかった)。

その影響下にあるせいか、自分の中でコミックのアートを評価する一つの判断基準として「群衆がよく描けているか」というのがあるんです。
「よく描けている」というのは、1人1人がリアルに描けているとかそういう話ではなくて、個々が意志を持つ存在のように描けているかという。
上手い人は本当に上手いんです、これが。線が多少歪んでいたりしても、むしろそれを味わいに変えてしまう趣がある。

ただ国内外問わずここ最近はそういった個の集合体としての群衆を描ける作家に出会えなくて口寂しくなってたんですが、そんな中2015年くらいに出会ったのがブランドン・グレアムというカートゥニスト。


上のカバーを御覧ください。

どこか愉快で可愛らしいカートゥーン調のキャラクターが好き勝手に動き回っています。

いくつもの出来事が同時に起こっているのに、1つのイラストとしても完成している。

すごくいい。


RAIN LIKE HAMMERS はそんな彼による最新の SF 作品で2021年4月現在 #3 まで刊行されています。
MULTIPLE WARHEADS が完結したのが2018年だったのでおよそ3年ぶりくらいの新作。

#1 が荒野を移動する歩行都市に住んでいるオペレーターの日常と妄想の話。
#2 と #3 が舞台を別に移し、とある少女を救うため執事の肉体に意識を移植した頭脳は悪党と、不死を得るために課せられる試練をこなす少女の姿を交互に描く話。
今のところ、 #1 と#2 #3 との繋がりは同一の世界観ということ以外わかっていません。

でもいいんです。


グレアムの作品って正直世界観とか大筋のストーリーとかよくわからないんですよ。そこらへんぼかしてるというか、全体像は語らないで話の流れに最低限必要な部分だけちょろちょろっと出している感じ。
だから何かを追いかけているとか、何かから逃げているとかっていうコマの中で起こっていることは簡単に読み取れる一方、コマの外のことはすごくぼんやり。
それ故流れに乗るまでの掴み難さというのは確かにあると思うんですけれど、それ以上にアイデアの懐の深さというか、制限が緩いからこそ細部まで遊びに走れるところがあります。

建物からガジェットから市井の風景といったものはもちろんのこと、同様に描かれたフキダシやオノマトペまで世界観の一部として取り込んでおり、作品の雰囲気作りに活かされています。

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出典: RAIN LIKE HAMMERS #3 by Brandon Graham, Image Comics

グレアムは日頃から日本の漫画やフランスのバンドデシネのファンを公言しており、メビウスや士郎正宗それにヘルゲといった作家からの影響が随所の意匠に見て取れます。
あと、初期には18禁漫画なんかも描いていただけあってかなり可愛い女の子を描きます。海外コミック業界で日本のカジュアル層の鑑賞にも耐えうる女の子を描く数少ない作者といえるでしょう。


正直 #1 はピンと来なかったんですよ。遊び方が弱いというか、持ち味が出し切れていないというか。だから #2 はちょっとほっぽってあったんです。で、そろそろ #3 が届きそうだってんで積んであった #2 を読んだら大当たり。「これですよ、これー!」という感じで。

実はこういうのが一番困るんです。 #3 を目の前にして期待して読んでいいのかどうか・・・というか、 #2 が大当たりだったから嫌でも期待値上がっちゃうんですけれど、一方で頭の片隅に #1 を読んだ時に甲乙つけがたい気分も薄っすら残ってて、ページを開くのが怖いんですよ。

でも勇気出しました(えらい!)。

したら大当たり! #2 を上回る豊富なウィットに加えてアクションの緩急、情緒の描き方、どれを取っても申し分なし。

ラストのよくわからん謎の生き物に忠告を受ける女の子のシーン。不気味な演出がいいなあ。


日本漫画的なSF(少し不思議)と、バンドデシネ的なデザインセンス、それにアメコミ的なユーモアと自由度。

多文化コミックとでもいうような作品です。