VISUAL BULLETS ー今日もアメコミ三昧ー

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本の紹介: BE PURE! BE VIGILANT! BEHAVE! by Pat Mills

今日はコミックではなくそれに関連した書籍の紹介。

舞台もアメリカではなく英国。


”ブリティッシュ・コミックスの父”とも言われるライター、パット・ミルズによる 2000AD の回想記となります。


念の為知らない方向けに書いておくと 2000AD とは1977年に英国で誕生した SF 系コミックアンソロジー雑誌。

ジャッジ・ドレッドを生んだ雑誌と言われれば、映画を観た方などはピンとくるかもしれません。


ミルズはライターの1人として 2000AD の創刊に関わると共に JUDGE DREDD , NEMESIS THE WARLOCK , SLAINE , FINN といった数多くのヒット作品を手がけました。

本書のタイトルも NEMESIS THE WARLOCK で主人公ネメシスの敵役として登場するトーケマーダ(Torquemada)というキャラクターの有名な合言葉から拝借しています。


そんなミルズによる 2000AD 創刊から現在に至るまでを記した本書はとても刺激的で業界に関する教訓を多く含むものです。

BE PURE!

ブリティッシュ・コミックスや 2000AD のファンの方、あるいはキャラクターが作られる舞台裏などに興味があるという方には本作はおすすめです。

JUDGE DREDD NEMESIS THE WARLOCK がどのようなものからインスピレーションを受け、どのような変遷を経てデビューするに至ったのか。

そういった試行錯誤の内容が本書には克明に記されています。


例えば 2000AD 最大のキャラクターとして知られるジャッジ・ドレッド

彼はミルズが幼少時代に通っていたキリスト教系学校の教員をモデルにしたそう。

宗教的な価値観から少しでも外れた子供に対して過剰な暴力を振るう教員に対してミルズが抱いた恐怖と畏怖の念がドレッドというキャラクターの厳格さや過激さに繋がったと記されています。

他方でそんな教員が時たま生徒にやり返されるカタルシスは、コミックで時々登場するドレッドの目を掻い潜るキャラに通じているとも。


創作者のトラウマがいかにして作品に活かされるに至ったかをこれほど筋道立てて説明できるクリエイターは中々いないので、貴重な証言といえます。


他にも本作には創作に関わる人に対するヒントがたくさん。

ミルズは作品を手がけるにあたり、とくに準備期間の必要性(ミルズ曰く一つの作品の執筆には最低6週間必要)や関係者との連携がいかに重要であるかを語っており、単なる作品論以上のものが得られるでしょう。

BE VIGILANT!

一方で本作は 2000AD やブリティッシュ・コミックスの歴史が知りたいという方にはややオススメしにくいところがあります。

というのも、本作はミルズの主観がたっぷりと含まれているため、中立性という観点ではかなり偏っていると言わざるを得ないためです。


ウィキなどで概観を齧ってから読むと良いかと。

あるいは本書で紹介されているこちらのドキュメンタリーも。


ただ偏っているとはいうものの、ミルズの語っていることは間違いとはいえません。

少なくともクリエイターの立場からすれば彼の抱く感想やコメントは妥当なものばかりです。


当時のブリティッシュ・コミックスをめぐる無理解や理不尽は並大抵のものではなく、 2000 AD の刊行には様々な苦労が伴いました。

ミルズと共に 2000 AD の発展に深く関わったアーティストのケヴィン・オニールは当時を振り返り以下のようなコメントを残しています。

” Yes. This was how Britain's favourite comic was created. Through a minefield of imbeciles and chimps.”
(そう。こうして英国で愛されるコミックは生み出されたのだ。間抜けとチンパンジーの地雷原を突き抜けて。)

出典: BE PURE! BE VIGILANT! BEHAVE! by Pat Mills

ミルズにしても、過激なファンから罵倒を浴び続けたり、40年近く積み上げてきた作品群のロイヤリティが雀の涙だったりしたら恨み節の一つも漏れ出さないほうが無理かと・・・。

BEHAVE!

創作者と出版社との衝突に関する話題はブリティッシュ・コミックのみならず、アメリカや日本でもよく耳にする話題です。

とりわけここ最近は SNS で不満を爆発させる方も少ないのでこれまで慣習としてなあなあにされてきた部分がかなり明るみに出てきました。


創作者の目的が自らを表現することであるのに対し、出版社の目的はそれを少しでも多くの読者に届けることにあります。

両者の目的は似て非なるもの。

常に一致するとは限りません。

ニッチな方向に進みたい創作者と、万人受けする作品を目指す出版社があれば対立は避けられないでしょう。


ただ問題なのは両者の意見が拮抗した際のパワーバランスです。

作家と編集者が対立した際に作品の責任者である筈の前者が敗北することは少なくありません。

とりわけ欧米のコミック業界ではマーベルや DC のように作品やキャラクターにまつわる様々な権利が出版社に帰属することもままあります。

こうした形態からクリエーター陣が煮え湯を飲まされることしばしば。


2000 AD も例外ではありません。

内容や絵柄が少しでも尖っていると(それが雑誌のウリであるにも関わらず)方針転換を迫られたり、逆に冷遇されるクリエイターが後を絶ちませんでした。

ミルズは最終的に 2000AD では編集者と作家が距離を取ることによって状況がある程度改善したと述べる一方、かつての熱量が消えて事務的な関係になってしまったことに対する寂しさについても触れています。



かつてのブリティッシュ・コミックスは日本の漫画にも匹敵するほど勢いがあったといわれています。

しかし現在の状況を見ると、英国のコミックは世界的に多く読まれているとは言い難い状況です。


面白い作品がたくさんあるのにどうして今はあまり読まれていないのか。

そんな疑問もあり、私は本書を手に取りました。


本書に書かれたクリエイターと編集者の距離感などに関する話は、日本の漫画業界も決して他人事ではないと思います。


幸いなことに、本書によるとブリティッシュ・コミックス業界は少しずつ改善の兆しを見せているようです。

ミルズもまた SPACEWARP という新たなアンソロジーコミックを手がけています。

こうした動きがやがて再びイギリスのコミックが多くの方に読まれることに繋がることを願うばかりです。


この間紹介したポッドキャストもそうですが、最近こうした業界の舞台裏などを記した書物にも興味が湧いてきているので、今後どんどん紹介していこうと思います。

2000AD についてもそのうち本格的に本ブログで取り上げようと思うので両者とも乞うご期待。



それでは本日も良いコミックライフを。