今朝挙げた”創作の力”に関連して。
“ゴーボールズの吸血鬼”というのをご存知でしょうか。
スコットランドはグラスゴーにあるゴーボールズ(Gorbals)という場所で実際にあった事件です。
1954年。
ゴーボールズの子供達の間で1つの噂が広がりました。
曰く、『近所に吸血鬼が出現する』という。
その背丈は2メートル以上。
口の中に並ぶ鋼鉄の歯で子供達に襲いかかり。
既に被害者も出ている、と。
噂は瞬く間に広がり、やがて追い詰められた子供達をある行動へ駆り立てます。
9月の中頃。
墓地に集まった無数の子供達。
少年少女、年齢にして4歳から14歳まで。
その数は100人以上にも及んだとも言われています。
手には杭やナイフなどの武器を握っていた者も少なからずいたそうです。
彼らは闇に包まれた墓地の中に散らばり、一心不乱に吸血鬼の姿を探し始めました。
児童達による吸血鬼狩り。
騒ぎを聞きつけた警察官がすぐに駆けつけて児童達に解散を命じますが、彼らは一向に聞かなかったそう。
その日の捜索はやがて雨が降り出すまで続けられたといいます。
子供達の奇行はその日だけには止まりませんでした。
次の日も、また次の日も。
夜になると子供達は墓地に集まり、鋼鉄の歯の吸血鬼の姿を探し求めました。
その後、ローカル報道紙が記事にする頃になり、ようやく鎮静化したといいます。
無論、吸血鬼など見つからなかったそう。
この事件は瞬く間にイギリス中に広がり、今度は大人達を恐怖に陥れました。
一体何が子供達をこのような集団ヒステリアに駆り立てたのか。
矢面に上がったのはコミックでした。
当時イギリスではアメリカから輸入されたホラー系コミックが人気を得ていました。
その筆頭である EC コミックスという出版社から刊行されていた作品は特に有名で、首をつった男の顔面が大きく描かれたイラストや、切り取られた女性の生首を手にした人物の描かれたイラストなどが表紙を飾る、当時の水準ではかなり過激な内容のものが少なからずありました。
ここで注目すべきは子供たちを扇動したコミックですが、結論からいうと、ゴーボールズの子供達がコミックに影響されたという確たる証拠は見つかりませんでした。
後年の研究などで判明したことですが、確かに1953年にマスターズ・パブリケーション( EC コミックスではないものの、そこそこやり玉に挙げられていた)という出版社から刊行された DARK MYSTERIES #15 には ”THE VAMPIRE WITH THE IRON TEETH(鋼鉄の歯を持つ吸血鬼)”という短編が収録されているものの、当時の地元ではこのようなホラーコミックはかなり入手が困難になっていたことなどから子供たちを突き動かしたのはコミックではなく、むしろ鋼鉄の歯を持つ”怪物”に関する言及がある聖書や当時地元の子供たちが学んでいた学校で教材として使われていた詩ではないかと言われています。
そもそもこの短編はタイトルに反し”鋼鉄の歯を持つ吸血鬼”は登場しません。
しかし、大人達はこうしたコミックが子供達に悪影響を及ぼし、ゴーボールズの凶行に駆り立てたのだと断定。
キリスト教系団体なども動き出し、最終的に1955年の Children and Young Persons (Harmful Publications) Act (児童青少年(有害出版物)法)というものが施行されるに至りました。
この法律は現在も有効だそうです。
何が言いたいかというと”○○の力”なんて謳われるものが社会に与える影響などというものは往々にしてこんなものだということで。
ちなみにこの事件は近年舞台化され、そのポスターにはかのフランク・クワイトリーがイラストを提供しました。
以下のリンクは英国系コミックに特化したブログ DOWN THE TUBES がその舞台を取り上げた記事です。
downthetubes.net