初っ端から自分語りで恐縮ですが、実は最近のマーベル作品をあんまり読んでません。
元々スーパーヒーロー物にそれほど拘る方ではなかったんですけれど、ここ最近は特に宇宙規模で行われる大乱闘みたいな話よりかは、むしろ DC ユニバースと緩く繋がっていた初期の VERTIGO にあったような、なんでもありなスーパーヒーロー世界の片隅で密かに起こって密かに終わるようなタイプの作品の方が好むようになって、クロスオーバーとか「驚きの展開!」的な話が多い昨今のマーベル作品はやや敬遠していました。
そんな中で読んだのがこの作品 MEET THE SKRULLS 。
こんな作品に巡り会えるからマーベルを読むのはやめられない。
まずはマルコス・マーティンによる #1 の表紙をご覧頂きましょう。
単純なイラストとしても見やすい絵柄で目を引くデザインですが、それ以上にたった1枚の絵から
- 家族写真から本作は両親と姉妹からなる四人家族の物語である
- 人間に化けているスクラル達の物語である
- ガラスが割れているということから悲劇の予感
- 一番最初に目に飛び込んでくるパーカーの少女が物語の中心
- 割れたガラスからのぞくスクラルと人間の比率が、精神的な傾向も示唆(ほぼスクラルの父親と対称的に完全な人間の姿の次女)
- 両親が笑顔なのに対し、子供達は物憂げな表情。妹のみならず姉も口元を固めに結んでいる
- 各々の手の配置などから性格が滲んでいる
・・・と、ぱっと思いつくだけでもこれだけストーリーに関する情報が手に入ります。
これだけでもうしびれちゃいますね。
では、その上であらすじです。
変身能力を有する宇宙種族スクラル。
かつて銀河随一の領土と文明レベルを誇る大帝国を築き上げた彼らだったが、ギャラクタスによる母星の喪失、そして先の地球侵略計画の失敗(「シークレット・インベージョン」事件)などにより今や衰退の一途を辿っていた。
スタンフォード(カリフォルニアの STANFORD ではなくコネチカットの STAMFORD)の住宅街に住む一見平凡なワーナー家も、その正体はスクラルだった。
スクラルの再興を狙い地球に潜伏する彼らは、とある目的のため着々と任務を遂行していたが、次女のアリスだけは成績が芳しくない。
地球で成長するにつれスクラルの考え方から離れつつあった彼女だったが、家族から三女が欠けてからは特に情緒が不安定になっていた。
そんな中、父親のカールは同胞が何者かによって殺害されたとの報告を受け危機感を募らせる。
同じ頃、ゴーグルを着けた奇妙な男がアリスに狙いを定めていた・・・。
本作は元々2019年に映画「キャプテン・マーベル」の公開に合わせて、そこに登場するスクラルにコミックでもスポットライトを当てようという試みで刊行されたシリーズです。
ライターはロビー・トンプソン。元は映像畑出身の人物でドラマ「スーパーナチュラル」などに関わっていた方で、本作の前にはマーベルで SILK 、 SPIDEY 、 SPIDER-MAN/DEADPOOL などのライターを歴任、 DC で先日始まった SUICIDE SQUAD の新シリーズを現在は担当しています。
メインアーティストはカナダ出身のアーティスト、ニコ・ヘンリチョン。代表作はブライアン・K・ヴォーンと2006年に刊行した PRIDE OF BAGHDAD で、他にもマーベルや DC 、あるいはフランスの有名なバンドデシネのスピンオフ MÉTA-BARON などにアートを提供しています。
中身について言えば、まずぱっと一読するとやや地味な印象を受けるかもしれない、というのが正直なところ。
全5話のミニシリーズという性質上、あまり大きく風呂敷を広げることはできませんし、既存キャラではないので他のマーベルのキャラクター達との絡みもほぼ皆無です。精々父親がスターク・インダストリーズに努めていることからアイアンマンがちらちらっと登場するのと、ペッパー・ポッツに変装するシーンがあるくらい。映画に抱き合わせて刊行された割にキャロルのゲスト出演もなし。
SECRET INVASION はヒーロー達の能力もコピー可能な”スーパー”スクラルがメインだったので絵面も映えたものの、本作に登場するワーナー一家は通常レベルの変身能力を有するごく一般的なスクラルなのでその性質上、スパイや破壊工作といった任務がメインになり、激しい戦闘もあるといえばあるものの、やはり他のスーパーヒーロー作品と比べればやや抑え気味になります。
トンプソンによるライティングの持ち味としてさっくりと読みやすい反面、派手さという点においては他のレギュラータイトルよりやや目劣りすることは確かでしょう。
なら本作はそこそこ面白いという程度の作品なのか?
いいえ違います。
本作は近年のマーベル作品の中でも群を抜いて優秀な出来栄えの作品です。
本作の大きな魅力はマーベル・ユニバースとの絡み方です。
通常、マーベル・ユニバースを舞台にしたスピンオフなどのミニシリーズでは、アベンジャーズの面々や X-MEN といったマーベルの既存キャラクターとの絡みで統一した世界観を演出します。
しかし、上記の通り本作にはそういった著名キャラクターはトニー・スタークがちょろっと登場するくらいで、それも重要な役割は果たしません。まともに言葉を交わすことさえほぼありません。
では本作はどのような形でマーベル・ユニバースの作品として語られるのか。
端的に言えば、キャラクターではなく歴史と世界観をベースにした作品になっています。
スクラルという種族は1962年に FANTASTIC FOUR #2 に初登場し、以来様々な形でヒーロー達と関わってきました。
(詳しくはこちらの記事を参照ください)
その中で描かれてきた要素をこの短い物語の中に可能な限りぶち込んだ世界観をバックに本作は構築されています。
スクラル種族の繁栄とギャラクタスによる母星の破壊に始まる没落、シークレット・インベージョン事件とその余波、あるいはスクラル帝国の中にある母星出身者とそうでないものの関係性等々・・・そうした要素が前提としてある文脈で物語が語られるのです。
そういう意味で言えば本作は単純にあらすじだけ追うと初心者向けのように思えるかもしれませんが、実は長年の読者をも魅了する深みを備えると言えます。
そしてこうした観点から本作を読み直すとトンプソンとヘンリチョンによる細やかな演出が随所に目立ちます。
一例として挙げたいのがこのシーン。
このたった4コマで本作は単純にこの少女の正体が宇宙人であるという事実のみならず、彼らがマナーを気にする地球人と同レベルの思考レベルを備えつつも、「食卓でスマホを使う」ことより「人間の姿を保持している」ことを問題視する異質な感覚の持ち主であるということまで提示しています。
さらに言えばここでは娘に注意を促している父親と娘との内面に関する示唆も含んおり、1シーンに並ではない情報量が含まれることがわかります。
他にもサクサクと読み進められる適切なセリフの量に反して含蓄に富んだシーンがあちこちに散らばっており、何気ないシーンがボディブローのように読書体験に響いてきます。
既にどこかにありそうな話をマーベル・ユニバースでやることによって新鮮な作品を生み出す - 実はこれってマーベルの必勝スタイルなんです。
マーベル・ユニバースでカンフー映画をやろうとしてアイアン・フィストになった。
吸血鬼物をやろうとしてブレイドが登場した。
エド・ブルベイカーはキャプテン・アメリカでスパイ物をやり、フランク・ミラーはデアデビルでハードボイルドを取り入れた。
他ジャンルを世界観に組み込むことで新しいドラマを編み出すというのはマーベルがずっと成功させてきた手法といえます。
本作もそうした伝統に則り、既にドラマや漫画などでありそうな二重アイデンティティ系の諜報サスペンスをマーベル・ユニバースで展開することによって、オリジナリティに溢れる仕上がりとなっています。
相次ぐクロスオーバーや理ナンバリングなどで一見停滞しているように見えたマーベルですが、本作を読んで間違いなく進化を続けているのだと認識を改めました。
MEET THE SKRULLS のような作品が生まれ続ける限り、私はマーベル作品を読み続けるでしょう。