まずはっきりと書いておきます。
コミック業界は変わらなければなりません。
まず、事件の概要について私なりに説明してみたいと思います。
先週、 SNS 上でライターのウォーレン・エリスに対し、彼がセクシュアル・ハラスメント行為を行っていたという旨の投稿がなされました。
具体的には、彼が過去数十年に渡り、仕事で知り合うなどした複数の女性に対して職権を濫用し性的発言をしたり性的関係を迫ったりといった行為に及んでいたということを訴える内容です。
現時点で相当数の被害報告が公となっており、現在もその数は増え続けています(被害に遭われた方々に関する詳細はここでは敢えて伏せさせていただきます)。
一連の経緯に対し、当事者であるエリスは自らの SNS アカウントやニュースレターを通して謝罪する声明を発表しました。
既に DC コミックスはクロスオーバーイベント DEATH METAL で彼がライティングを担当する予定だったサイドストーリーを取り下げることを発表。現在#7まで刊行されている連載中の THE BATMAN'S GRAVE をはじめ、彼が手がけていたその他刊行物関連の仕事、更に NETFLIX でシーズン4の制作が進んでいた CASTLEVANIA シリーズなどコミック以外での仕事についても今のところ見通しが不透明な状態です。
コミック業界ではここ最近 #Metoo 運動に呼応して過去のセクシュアル・ハラスメント被害を公にするケースが相次いでおり、アーティストのキャメロン・スチュアートやエディターのブレンダン・ライトなどが加害者として名を挙げられています。また、コミック制作者の権利を守る筈である団体の COMIC BOOK LEGAL DEFENSE FUND (通称 CBLDF )のトップで、過去にその問題行為が発覚していたにも関わらず長年に渡り放置されてきていたチャールズ・ブラウンスティンについても今回のことをきっかけに辞職へ追い込まれました。
以上が私の知る現在までの経緯であり、事態は今も進行中です。
私は今回のことについて、エリスが自身のニュースレター購読者へ向けて送ったメールで知りました(内容はツイッターで公開された声明と同じ文面です)。その後、報道や SNS の投稿などを通して詳細について調べた次第です。
事態の重大さを鑑みて、まず本ブログでは彼が関与していた作品についての感想記事および彼に関する言及がある記事を全て削除させて頂きました。
他のクリエイターも関与している作品もあるのに反応が過剰ではないかというご意見もあるかと思いますが、1)各々の記事にはエリスに関する言及が占める割合が多いこと、そして2)本件について中途半端な態度を取ることが誤ったメッセージを送る可能性があることから、上記の対応とさせて頂きました。どうかご了承ください。
またこれに伴って現在、今回の件とは直接関係のない過去の記事も本件を受けて不適切だと思われる箇所について適宜修正を行っていると共に、本ブログの今後についても検討中であることをこの場を借りて報告させて頂きます。
このことについてはひとまず置いておいて、先にエリスの行為について私見を述べさせて下さい。
今回の件について、私は2つの点において問題行為であったと認識しています。
まず1つは男性から女性に対して行為の強要があったこと。そしてもう1つ社会的立場の力関係を利用した不適切な行為があったこと。無論、この2つは密接に関わっており、それだけに深刻かつ複雑なものです。
現在の社会では性や人種などアイデンティティにまつわる様々な不平等が横行しており、とりわけコミック業界はその特殊な市場の成り立ちなどから他の業界よりパターナリズム(父権)的な体制が強い傾向を備えています。
以前記事として取り上げた「コミックスゲート問題」などもこうしたその保守的かつ閉鎖的な性格が表出した一例と言えるでしょう。
www.visbul.com
このような状況において、ウォーレン・エリスは90年代より DC 、マーベルを始めとした各出版社で数多くの作品を手がけており、業界の内外で高い評価を受けていました。また過去にはインターネットで盛んに活動していた時期もあり、かつて彼が運営していたサイトの掲示板からは現在各方面で活躍しているクリエイターが少なからず輩出されています。 SF 作家として小説家やミュージシャンなどとも交流があり、近年は映像方面へ軸足を移し、そちらの方面との繋がりも強めていました。
業界内における影響力という点ではかなり大きな存在であったといえるでしょう。
そのような人物が上記のような行為に及んだことは、他者に対する配慮と職業的倫理を欠いたものであり、大きな非難に値するものです。
今回の件で被害を受けた方々に対してお見舞い申し上げると共に、ファンとして彼を長年支え続けた者の1人として深くお詫び申し上げます。
上でも述べた通り、私はエリスのニュースレターで今回の件について知りました。
これまで読んできた中でウォーレン・エリスほど尊敬してきたクリエイターはいません。
ファンとして作品の収集はもちろんのこと、ネットの古い文章も漁ったり、サイン本を入手しては喜びを噛み締めたりしていました。
自身もまたクリエイターとして少しでも彼の作品から学ぼうと、その文章を何度も読み返しては研究を重ね、なんとかその語り口を模倣できないかと作品1冊分の文字部分をまるまる書き写してみるなんてこともしました。
彼の作品の大半は他のコミックと分けてあり、今もすぐ手が届く距離の本棚に収められています。以前からずっと欲しくて本件発覚前にようやく海外のサイトで購入した彼の過去作は、つい先程私の手元に届きました。
ウォーレン・エリスという人物は私にとってそれほど大きな存在だったのです。
それだけに今回の件に関してはすぐに受け入れることができず、しばらく呆然としました。
次に私の中を駆け巡ったのは、これが何かの間違いではないかという思いです。
ネットの投稿には本件について、相手が当時既に性的同意年齢に達していたことや必ずしも拒否の意思を示していないなどの理由(どちらの主張も裏付けのない憶測に基づいていることに留意)から、痴情のもつれとしてこれを処理しようとするものが少なからず見受けられました。
それを見た私もまた、同様の解釈をしたいという欲求に駆られました。
恥ずべきことです。
こうした考え方を発信する行為は被害に遭った方々の尊厳を踏みにじることでさらに追い詰めるものです。曖昧な情報を恣意的に解釈した誹謗中傷は断じて許されるものではありません。
幸い私はその後、事態の推移を注視する中で自分の誤りに気付かされましたが、それだけにことの根深さを改めて認識すると共に、自身の弱さについても思い知らされました。情けない限りです。
こうした自分に都合の良い考えに逃げて他者の痛みを軽視することが、巡り巡ってコミック業界ひいては社会の差別的な現状を生む一因となっているのだと思います。
当初この件については何も言わないことにするつもりでした。知識的にも素人なら直接本件と関わりのない門外漢である自分に口出しできる権利はないと考えていたためです。
しかし、そうすることもまた自分にとって都合の良い逃げです。
英語には”If you’re not part of the solution, then you’re part of the problem (もしあなたが解決策の一部でないなら、問題の一部である)”という言葉があります。
今ここで何も行動しないまま沈黙してしまうことこそ、この問題を助長してしまうのではないか。それよりもこの状況を改善できる一助になるべく発信し続けるべきではないか。
先に言及したこの業界の閉鎖的で保守的なところは、その風通しの悪さが大きな原因となっていると私は考えています。つまり、制作側も読者側も古参に対して新参者の数が少ない。
とりわけ女性やLGBT、あるいは PoC(People of Color) の声が圧倒的に不足しています。
これについてはコミックが基本として専門店でしか購入できないことや、代表的存在であるマーベルや DC の歴史の長さなどに拠る部分もありますが、そもそもコミックに対する関心が少ないからということも大きいと思われます。映像化ラッシュのおかげで昨今大きく認知されていたとはいえ、欧米のコミックは本国でもまだまだニッチな存在です。
ならば、本ブログのように日本語でコミックを紹介しようとする試みは、門戸を広めるという点において現状を良い方向へ改める後押しになるのではないか。
そう思うに至りました。
では、業界改善のために今の自分にできることは何か?今後このブログはどのような方針を取れば良いのか?
小さな一歩ですが、まずはエリスと長年交流があり、こうした問題について以前から積極的に発言をしてきたケリー・スー・デコニックが公開したビデオを紹介したいと思います。
(追記:現在は動画が削除された模様)
彼女はここで業界の改善策として欧米の出版業界で一般的なエージェント制度の導入などについて言及しています。
コミック業界内における差別問題に関する話題はまだまだ議論が足りておらず、業界改善の機運が高まりきっていないというのが現状です。
今後もこうした形で少しずつ議論のタネを発信しつつ、状況改善のための道を模索し続けたいと思います。
個人運営のブログで発信する者としてこれが今の私に出せる精一杯の答えです。
本件はコミック業界だけの問題ではなく、世界全体の問題であり、私達全員の問題です。
男性の皆さんへ
様々な意見はあるかと思いますが、社会はなんだかんだいってまだまだ私達に甘いところです。まずはこのことを自覚しなければなりません。
その上で自分を省みてください。
公私問わず異性に対して不適切な態度は取っていないでしょうか。
親しい関係にあると思っているのは自分だけかもしれません。
他者の尊厳をないがしろにするような言動はないでしょうか。
それは笑って済ませられるものではありません。
相手と同意のないことを無理強いしてはいないでしょうか。
今に取り返しのつかないことになってしまうかもしれません。既にそうなっているかもしれません。
心当たりがあるならすぐにやめてください。
もう一度言います。
そうした行為は今すぐにやめてください。
「無意識だった」「自分の中では同意の上だった」「犯罪ではない」
そんな言い訳はいりません。自分の行いを直視し、間違っていた部分は素直に間違っていたと認めて下さい。全てはそこからです。
それが痛みを伴うことも、また痛みを伴うことは実行するのが難しいことも重々承知しています。
かくいう私も今回の事件を受けて振り返ってみると、過去の自分の言動で他者に対する配慮を欠いていたと思い当たることがいくつもありました。今も恥ずかしさや情けなさ、罪悪感に苛まれながらこの文章を記しています。
けれど、相手が不当に受けた痛みを考えれば、それから目を背けるわけにはいきません。
反省し、改めていきたいと思います。
女性の皆さんへ
男性の私からこの場で言えることはあまりありません。
ただ、声を上げることを諦めないで下さい、とだけお願いさせて下さい。
今はあなた達の声が何より必要です。
世界は今大きく変わりつつあります。
このままの道を進み続けるのか、それとも新たな道へ歩みだすのか。
私達は今、その分岐点に立たされています。
どうか正しい道を選んで下さい。
何が正しいかわからなくなった時、私はよく好きなスーパーヒーローを思い浮かべます。
「あのヒーローならこんな時どうするだろう?」
スーパーマン、ワンダーウーマン、スパイダーマン、ミズ・マーベル・・・。
ヒーロー達は道標となって自分を導いてくれます。
今回のこの記事を出す際も実はこれをしました。
ぜひ試してみて下さい。
コミック業界は変わらなければなりません。
そして、それは私達ひとりひとりが変わることでしかなし得ません。
今回の件を機に、私は多くのことに気付かされました。今後書物などで勉強しつつ、得られた教訓をどのように活かせるか考えてみるつもりです。
また、ウォーレン・エリスについては、今後彼がどう行動するかを窺っていきたいと思います。
以上が今回の件に対する私の考えです。
配慮の上で記したつもりですが、言葉足らずな部分、配慮の足らない部分があれば申し訳ありません。質問フォームなどを通じてご指摘下さい。
また、今後も同じような過ちを犯すこともあるかもしれませんが、その際も同様にして頂けると幸いです。
それでは今後共本ブログをよろしくお願い致します。
てらはきすがる