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DAREDEVIL BY BRIAN MICHAEL BENDIS & ALEX MALEEV (Marvel)

 どんなスーパーヒーローにでもなれるとしたら誰になってみたい?

 スーパーマンやスパイダーマン、あるいはバットマンになってみたいという人はゴマンといる。ウルヴァリンやフラッシュなんてのも人気だろう。最近ならスワンプシングになってみたい人も増えているかも。

 だがデアデビルになってみたいという人はまずいない。


Daredevil by Bendis and Maleev Ultimate Collection Vol. 1 (Daredevil (1998-2011)) (English Edition)

 
 彼が生まれたのは全米でも有数の貧困と犯罪の巣窟ヘルズキッチン。
 母は彼を生んですぐに姿を消し、男手一つで自身を育て上げたボクサーの父も闇営業に巻き込まれて命を落とした。
 交通事故に遭って 視力を失い、代わりに他の感覚がピーキーに。“研ぎ澄まされた”なんて言い方をすれば聞こえが良いかもしれないが、実際は夫婦喧嘩の怒鳴り声から生乾きの靴下の匂いまで全て取り込んでしまうストレス源に過ぎない。

 幼少期に起こったことだけでもこれだけある。(ついでに言えばそんな環境下で弁護士になるべく必死に勉強しなければならなかった)


 でも、とあなたは言うかもしれない。

 そういったことはマット・マードックになりたくない理由にはなっても、デアデビルになりたくない理由にはならないんじゃないかと。スーパーヒーローとして味わうことのできるスリルはまた別の話なんじゃないかと。

 多分、あなたはブライアン・マイケル・ベンディスとアレックス・マリーヴによる連載を読んでないのだろう。


 98年に MARVEL KNIGHTS というレーベルで再スタートを切ったデアデビルはケヴィン・スミスとジョー・ケサーダによる『 GUARDIAN DEVIL 』で大きな転機を迎える。
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 その後、デヴィッド・マックによるストーリーを挟んで(これはこれで後にローニンとしても活躍するマヤが登場することで有名)ベンディスがライターとして就任する。

 彼は既にオリジナルの JINX WORLD 作品群やスポーンのスピンオフ SAM & TWITCH などで定評を得ていたが、本作をきっかけとして本格的に業界へ名が知れ渡るようになる。


 そういうからにはよほどデアデビルに格好いい活躍をさせたんだろうと思うだろうか。

 だが事実はその逆。

 ベンディスはデアデビルことマット・マードックを奈落の底へ突き落としてみせた。



Daredevil by Brian Michael Bendis & Alex Maleev Ultimate Collection - Book 2 (Daredevil Ultimate Collection-bendis & Maleev)


 この連載を象徴する最大のできごとは、デアデビルの正体がマット・マードックであるということが世間にバレてしまうことだ。
 それも自らすすんでマスクを脱いだのではなく、メディアにすっぱ抜かれるという形で。

 彼はトニー・スタークとは違う。
 正体がバレたからと言ってセキュリティが万全な豪邸に立てこもることはできない。
 過去に恨みを買った名もない雑魚から流行に乗じて挑みかかってくるチンピラまで大挙して押し寄せるのを一人ひとり相手にするしかないのだ。

 彼は殴られ、蹴られ、刺され、撃たれ、傷つく。家は爆破され、弁護士としての信用は失い、パパラッチに四六時中追いかけ回される。
 友人は狙われ、恋人は襲われ、 呼んでもいないのに駆けつけてくるカラフルな同僚達 は火に油を注ぐことしかしない。
 もがけばもがくほど身動きが取れなくなり、やることなすことが裏目に出る。

 およそヴィジランテとして考えうるあらゆる災難をマットは一身に受ける。

 
 追い詰められた主人公の転落ぶりを描くこうしたノワール・フィクションの手法は 、ステータスの現状維持が求められるスーパーヒーローには応用しにくいところがある。
 しかし、ベンディスは敢えてこれを強行し、マット・マードックの日常を空中分解させることで新たなデアデビル像を提示してみせた。

 それは何らかの理想を体現することで憧れや羨望の対象となるスーパーヒーローなどではなく。
 真っ赤な悪魔を模したスーツに身を包んで犯罪と戦うことを選んだことの”代償”を払い続ける、痛々しいまでに高貴なヴィジランテだ。


 マリーヴのアートはそんな新しいデアデビルを描くのに丁度良い。
 彼のアートはその太めの線と、馬連(木版画で刷る時に使うあの取っ手が付いたコースターみたいなやつ)で摺ったかのような陰影が特徴だ。
 太めの線は過度な描き込みを回避させ、筋肉にぴったり貼り付いたようなコスチュームのヒーローでもそこまで浮世離れしたような印象を与えない。
 やや掠れたような影は新聞などに掲載される写真を思わせる。
 こうした絵柄により物語は地に足がついたものになる、ある種ルポルタージュ風の仕上がりとなる。


Daredevil by Bendis and Maleev Ultimate Collection Vol. 3 (Daredevil (1998-2011)) (English Edition)

 アメコミの絵は基本カラーだ。
 しかしこれは光と影で間接的に表現するノワール物にとっては好条件とは言えない。余分な色がむしろ表現の妨げになるためだ。影をべっとりとした黒で表現しても、下手するといたずらに閉塞感を与えるだけになりかねない。
 マリーヴのような掠れた影の入れ方は完全な黒でないが故に絵にリアリズムをもたらし、色によって損なわれた黒の“風味”を取り戻すことに成功している。


 スパイダーマンになりたい人はいる。バットマンになりたい人も。

 彼らはヒーローになることで得られる“報酬”を見せてくれる存在だ。

 けれど誰もデアデビルにはなりたくない。

 なぜなら彼は正義を行うことの“代償”を突きつける存在だから。

 デアデビルになんてなりたくない。
 正しいことをするのはとても怖いことだから。

 マット・マードックだけがデアデビルになれる。

 彼は“恐れを知らぬ男”だから。

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