Dept. H Volume 1: Murder Six Miles Deep(合本)(Amazon)
潜る。海の底へ。人の底へ。
旧知の仲に頼まれて深海の研究施設へ潜ることになった Mia 。家族や友人などが滞在しているそこへ彼女がやって来た目的は、地球で最も賢いと言われた人物、すなわち自分の父の死を捜査するためだった。調べを進めながら、彼女はかつて袂を分かった父との過去に想いを馳せる…。
アーティスト兼ライターとして幅広いジャンルで活躍するクリエイター Matt Kindt 。最近は VALIANT 社でスーパーヒーロー物を数多く手がけている彼が、それと同時並行して制作していたのがこの海洋サスペンス。リーフは2018年3月に完結したばかりで合本最終巻が間もなく発売される予定。
はっきり言って本作は物語的にも絵面的にも派手ではない。
深海探査用のメカや異星のクリーチャーを思わせる深海生物の数々など見栄えの良いものもそれなりに登場するとはいえ、大部分は人間ドラマだし、その人間同士のやり取りにしたところで舞台となる基地にいるのはほぼ全員研究者のためさしてハリウッドばりのアクションがあるわけでもない。極めて静かに物語は進んでいく。
しかし、そのゆったりとした表面を一枚めくると本作の完成度の高さが窺い知れる。
注目すべきは本作に矛盾した言動や、デウス・エクス・マキナ的な人的トラブルがほとんど無いという点だ(深海で自然が起こす現象は別として)。
各々の行動に対して、何らかの動機が提示されており、それを少しずつ探っていきながら Mia は父親の死の真相に迫っていく。この人を通して謎にアプローチする手法は文学的といおうか、科学捜査を駆使した捜査法が席巻する以前の古典ミステリーを思わせる。
無論、これは生半可なキャラクターの掘り下げ方で描きうる内容ではなく、 Kindt はかなりの労力を費やして本作を編み上げたものと思われる。
そしてそういった登場人物の背景や心情を効果的に伝えるアートにも気が払われている。アナログ感の漂うペンシルがまず目に付くが、個人的に着目したいのはコマ割りだ。時に1ページまるまる使っているかと思えば、また別のときには往年のコミックを思わせる画一的なコマ割りをすることも。無機的有機的と Mia の内外で起こっている事象に即して変幻自在にコマの配置が変わる。
そして、そういった Matt Kindt のペンシルに一層の深みを加えているのが本作のカラーを担当し、彼の妻でもある Sharlene Kindt の色使いだ。水彩絵具による淡い色の変化が深海という舞台にマッチしていると同時、登場人物の心情が背景に溶け出しているかのような情緒を演出している。
本作はたった1つの事件を長い時間かけて捜査していくミステリーだ。一般的なコミックとは少し趣向が異なるため読み始めは面食らう人もいるかもしれないが、すぐに本作独特の雰囲気に魅了されることだろう。