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WILL EISNER’S THE SPIRIT: A CELEBRATION OF 75 YEARS (DC, 2015)

 不朽の名作。


Will Eisner's The Spirit: A Celebration of 75 Years

 優秀な犯罪学者として活動していた青年 Denny Colt はある日、狂気の科学者 Dr. Cobra を追跡中に誤って薬品を浴び命を落としてしまう。だがそれからしばらくして警察署長 Dolan の前に姿を現した謎のクライムファイター The Spirit — その正体は他でもない、仮死状態から復活した Denny Colt その人だった!青いスーツに赤ネクタイ、アイマスクで目元を隠した笑顔の探偵がここに誕生する。

 巨匠 Will Eisner の手で世に送り出されてから75周年を記念して刊行された探偵 The Spirit の活躍を描いたシリーズの傑作選。 Eisner によって描かれた作品群の他に、 Neil Gaiman や Alan Moore 、 Darwyn Cooke など他クリエイターの手によって描かれた作品もいくつか収録している。

  Spirit というキャラクターについては、元々 Marvel や DC の作品ではないため日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、本国では Superman や Spider-man などに負けず劣らずのヒーローとして数多くのファンがいる。一時は Frank Miller の手で実写映画化もされたんだけど、評価は芳しくなかったし、今じゃ覚えている人はほとんどいないか。

  Spirit の何より驚くべき点は現在読んでも普通に面白いという点だ。
 同じ時代に作られたコミックの中には名作と呼ばれるものでも現在の読者にしてみれば物語が単純過ぎて正直なところ退屈に感じる作品も多い。そしてその傾向は時代を遡れば遡るほど顕著になる。
 だが、こと本作に関して言えばその類ではない。70年以上前の作品であるのにまるで飽きを感じさせず、サクサクと読み進めることができる。現代のコミックと比較してもまったく引けを取らない完成度なのだ。

 その大きな魅力は Eisner による圧倒的な人間描写にある。
 まず主人公である The Spirit からして、ありがちな優等生キャラでもなければ、アンチヒーローでもない。正義を志す真っ当な人間であることには違いないが、どこかひょうきんで好感が持てる。時に適当な面もちらつく彼のカッコよさは、日本の漫画で喩えるならブラックジャックや冴羽獠とも共通するそれだ。

 その他のキャラクターに関しても、1人が1人が独特の人間味を持っている。本書に収録されている作品の中にはむしろこういったモブキャラを中心に据え、 Spirit が一種の狂言回しの役に徹しているようなものも少なくない。このように多種多様な人間模様を描ける柔軟性もこのシリーズの大きな魅力であるといえるだろう。

 アートもストーリーも文句なしの本書はエンターテイメントとして第1級の作品であることはもちろん、アメコミの源流を知る上での必読の1冊と呼ぶことができるだろう。

 今や絶版となってしまった全集、そのうち再販されないかなあ。