VISUAL BULLETS

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THE NAME OF THE GAME (W.W. NORTON, 2001)

 夢を抱こう。


Life, in Pictures: Autobiographical Stories LIFE IN PICT [ Will Eisner ]

 恵まれたドイツ系ユダヤ人の家庭に生まれた Conrad Arnheim は厳格な父と甘やかす母によって幼い頃から問題ばかりを起こすも、金の力でどうにか大学卒業まで漕ぎ着けた。家庭を持てば多少は落ち着くだろうと目した父は彼を銀行家の1人娘と引き合わせ、2人は間もなく結婚するものの、 Conrad は相変わらず放埒な生活をやめようとはせず。やがて父が亡くなり家業のビジネスを継ぐことになってからも彼の自堕落で浪費癖な面は一向に直らなかった。家族も友人も犠牲にしてただ消費するだけの生活に明け暮れる彼がやがて至る場所とは……。 

 アメリカン・コミックスの黎明期に立会い、死の直前まで精力的に活動を続けた巨匠 Will Eisner — 彼の半自伝的な作品が収録された合本 LIFE, IN PICTURES から今日は残り1つの長編である本作を扱う。なお、今回このブログで扱うのは長編だけだが合本には他にも Eisner の人生を決定づけた瞬間を描く掌編や短編が2,3、また作品の解説なんかも載っているので興味を唆られた方は是非とも手にとって頂きたい。
 
 さて、これまで自分自身の生い立ちや若き日の姿をモデルにして作品を手がけてきた Eisner だが、3つ目のエピソードとなる今回は自身ではなく妻の Ann と彼女の家族をモデルにした作品らしく、主人公となる Conrad は彼女の父親が原型であるとか。

  Conrad 含め本作に登場する人物は誰もが自ら置かれた環境に振り回されている。ある時は家系、ある時は貧困、逆に裕福であることが鎖となることもある。そんながんじがらめな環境に嫌気が差して、浮気を繰り返したり、放蕩三昧の生活に明け暮れたり。
 だがそれらはあくまで鎖につながれた範囲内での逃避でしかなく、結局虚しさばかりが残る。

 真に必要なのは夢と、それに向かっていく意思だ。
 本作は単に Eisner が妻とその家族の没落を描いたのみならず、終盤 Conrad の娘と結婚する Aron という青年の姿を通して、かつて義理の父に家業へ加わるよう請われた際にコミック作家としての夢を追いかけるためそれを拒否した Eisner が、仮にそのオファーを受けていたらどうなっていたかをシミュレーションしているという。
 義父に従い、結果的に Conradの鎖まで引き継ぐこととなってしまった Aron と違い、 Eisner 本人はコミック作家としての志を忘れず義父の誘いを断ることで遂に鎖から自らを解き放ち、真に認められる人生を全うすることができた。
 あれがあるからこれがあるからと夢を隅に追い遣って「今やらなければならないこと」に逃げてしまうのは簡単だ。しかし、本当に今やらなければならないことは実のところ「今やりたいこと」だ。
 そしてその道を突き進むことこそが道を拓く鍵なのだと本作は教えてくれる。


Life, in Pictures: Autobiographical Stories