VISUAL BULLETS

アメコミをはじめとした海外コミックの作品紹介や感想記事などをお届け

FINAL CRISIS (DC, 2008-09, #1-7他)

 もしも人生で最後に読むアメコミを1冊だけ選べと言われたら、私は迷わず本作を選ぶだろう。


原書合本版(Amazon): Final Crisis (New Edition) (Batman by Grant Morrison series)

 それは1人の神の死から始まった。港で見つかった New Gods の闘神 Orion の遺体。 Justice League 、 Green Lantern Corps らが厳戒態勢を取る陰で、ヴィラン達に結束と”神”への信仰を呼びかける謎の存在 Libra 。 Superman 、 Batman 、 Wonder Woman とヒーロー達が次々と敵の罠にかかり窮地に陥る中、街に懐かしい稲光が走り抜ける。
 だが彼らは知る由もなかった — 非生命方程式 Anti-Life Equation によって地球を新たな Apokolips にしようとする Darkseid の侵攻さえ、だが実は多次元世界から生きとし生けるもの全てを消し去ろうとする巨大な陰謀の一部でしかなかったと。
 光と闇 — 今ここに最終決戦の火蓋が切って落とされる。

 ”時空を超えた戦い”と称される作品は古今東西数あれど、真の意味で時間も空間も超えている作品というのは本作以外私は知らない。まずはその次元さえ超えてしまう、他に類を見ないスケールの大きさにただただ圧倒されてしまう。

 本作はライター Grant Morrison がこれまで DC で手がけてきた数多くの作品を包括した集大成的作品であると同時に、スーパーヒーローという”詩”に1つの終止符を打つものである。
 先にはっきりと言っておこう。本作は万人向けの作品じゃない。少なくとも DC ユニバースについて少し齧った程度の知識で本作を手にとっても門前払いを食らうことはまず間違いない。邦訳版で刊行されている作品群だけを読んでいても中々厳しいだろう。それなりに読み込んでいることが前提となっているという点で言えば、ハードルはそれなりに高い。

 元ネタを全部が全部網羅しろとは言わないまでも最低限 Jack Kirby の FOURTH WORLD OMNIBUS 、 Morrison の SEVEN SOLDIERS OF VICTORY (特に MISTER MIRACLE )及び BATMAN のラン、そして CRISIS ON INFINITE EARTHS については Wiki で調べてでも良いので頭に叩き込んでおく必要がある。欲を言うならここへさらに Kirby の O.M.A.C. 、 Morrison の ANIMAL MAN や JLA: EARTH 2 なんてのにも目を通しておきたいところだ。こうした作品達を通すことで初めて本作を”読む”ことができるようになる。

 本作は突き詰めれば”悪が勝利した世界”を描いた作品だ。それは何も Darkseid に征服されたディストピアという表層的な部分のみならず。対立、差別、憎悪に疑念といった概念としての”悪”に世界が屈してしまった様子を次元レベルで見せている。最早ありきたりな感情や生死さえ沈黙した地べたを這いつくばるフラットな世界。息をすることさえままならない絶望に呑み込まれた世界だ。
 希望なんてものが存在しないことさえ許されぬ世界に最早スーパーヒーローの役目は、 Superman の居場所は在るのだろうか?

  Morrison の答えは YES だ。

 喩えどんなに真っ暗な中にも光を見出すことはできる。そしてその光には燦然と輝き、闇をかき消す力がある。
 そして本作における Superman はその象徴だ。

  Superman だけではない。 Batman 、 Green Lantern 、 Flash 、日本の Super Young Team 、果ては誰からも存在を忘れられてしまった Limbo の者達までもが闇に抗う力を持っている。
 彼らは記号になり、音楽になり、物語になり。存在の限り”無”に抗おうとする。支配から自由であろうと戦い続ける。
 そんな彼らにヒーローでないものは1人もいない。過去にどんな所業をした者でも”今ここ”で自らの善に従い行動していれば、その者はスーパーヒーローなのである。
 ”最後の危機”を描いた本作は、だが実は”最後まで在り続ける希望”を描いているのだ。
 本作は Grant Morrison というライターにとって1つの節目となる作品であると同時に、スーパーヒーローという善の哲学にとっても1つの到達点といえるだろう。

 スーパーヒーローの歴史にとって本作は間違いなく特異点である。