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A SMALL KILLING (2003, AVATAR)

 もどかしいなあ、もう!


原書合本版(楽天): A Small Killing SMALL KILLING [ Alan Moore ]

  Timothy Hole はアメリカの大企業に勤めるやり手の広告マン。この度ソ連が崩壊したばかりのロシアへ大手の炭酸飲料商品を売り込みに行く大仕事を前に束の間の休息を取るべく、故郷の英国を訪れる準備を勧めていた。しかしその矢先、彼の運転する車の前に不敵な笑みを浮かべた少年が出現する。辛くも一命を取り留めた Hole は周囲を確認するも、少年の姿はどこにも見当たらず。覚えのない不安を抱えたまま静養へ向かった彼の前に、だがその後も同じ少年の姿がちらつく……。
 
 鬼才 Alan Moore がスーパーヒーローや超常現象といった要素を一冊排除して挑んだ本作は、一見勝ち組に見える広告マンが徐々に過去の記憶と現在の不安に呑み込まれていく様を描いた純文学的作品。「ああ、この手の(文学読んだこと/映画観たこと}あるわ」などという既視感を抱くことも含めて人によって好き嫌いが分かれるかも。 Christopher Nolan の初期の作品とか好きな人は好みかと思われる。

 アーティストの Oscar Zarate はアルゼンチン出身の描き手。普段は日本で言うところの「漫画/イラストで学ぼう」系の本を手がけることが多く、いわゆるアメコミブリコミのメインストリームとは少し離れた舞台で活躍している。そんな彼がどうやって Moore とタッグを組むことになったかは、巻末に載っているインタビュー記事に諸々のバックストーリー含めて記載されているので興味がある方は参照されたし。
 肝心のアートそのものに関していえば、背景の色遣いだとか動作線の使い所が中々面白いので Moore 以外のライター( Grant Morrison とか Neil Gaiman とか)と組んだらどんな風になるのかちょっと興味がある。

 さて。ストーリーに関してどういう切り口で語ろうかあれこれ考えてみたんだけど、これがどれもあまり上手くいかず。
 真面目な話、本作は「ここが魅力!」と具体的に指摘できる部分が見つかりにくい。ストーリーは上でも述べた通りどこかで見たことあるかと問われればないとは言えないし、キャラクターのモノローグなんかにしても Moore お得意のしつこいくらい丁寧で情感たっぷりな描写というのはナリを潜めている。登場人物に関してもみな一般ピーポォなので大して特徴もなければ、まして魅力というほどのものはない。

 でもだからと言って本作が面白くないかと言えばそれも違う。本作が秀逸な出来であることは間違いない。物語の進行するに連れ徐々に鮮明となる記憶と、それに翻弄される Hole の姿には引き込まれるものがあるし。少年との対峙を経たラストには奇妙な清涼感も漂う。
 感覚でいえば絶対プラスなのに、感想として言葉にできないのがもどかしい。
思考停止的結論に走って良いのなら「ああ、これって純文学なのね」とまとめることも可能だが、どうせだからもう少し考えてみたい。

 取り敢えず今は「何か掴みどころがないけどいいよね」というところに落ち着いて、少し間を置いて再読してみたいと思います。

 でもそういや Moore の作品ってそんなんばっかだわ。


原書合本版(Amazon): Alan Moore's A Small Killing