これが。これこそが、 Brian Michael Bendis だ。
街に David Gold a.k.a Goldfish が帰ってきた。かつてトランプを商売道具に詐欺師として働いていた彼は、だが10年前とある事件をきっかけに行方をくらませていた。戻ってきた理由はただ1つ — かつての恋人であり現在は犯罪界の大物としてのし上がった Lauren Bacall の手から息子を取り返すこと。脅し、騙し、少しずつ Lauren を追い詰めていく Goldfish だが……。
Bendis よ、 Mark Millar に続きお前もか。
Brian Michael Bendis と言えば現在アメコミを読んでいる者なら知らない者はほぼいないであろう、 Marvel のドン。2000年に始まった ULTIMATE SPIDER-MAN で評価されたのを機に頭角を現し、 Marvel の616ユニバースでも数多くの作品を手掛けた仕掛け人。21世紀の Marvel は彼によって作り上げられたと言っても過言ではないだろう。
しかし一方でその大風呂敷を畳みきれない派手な展開や他クリエイターと歩調が合わない強引なストーリーは賛否両論で、とりわけ最近だと Marvel 全体が迷走気味なこともあり、その代表的存在である彼に対する風当たりも少々お強いご様子。
かく言う私も SECRET INVASION あたりまでは結構好きだったのだが、最近はあまり彼の作品を手に取ることもなく。本作を入手したのも偶然が大きいのだが、最初にちびちび読んでみた時は何だかぱっとしなくて途中でやめてしまった。
ところが、だ。
この間、かなりの時間を持て余していた際にふと本作を思い出し、そう言えばこの連載でも最近 Image の作品をほとんど取り扱っていないのに思い至って何となく手にとって見たところ、この作品、ひいては BMB に対する評価ががらっと変わってしまった次第。
本作を読む場合は少々時間を多めに取って映画でも観るように始めから終わりまでを一気に読んでしまうのがコツだ。
登場人物の過去に関する情報がかなりおぼろげな点や、本筋に直接関わってこない会話が豊富な点などは本作を断続的に読もうとするとわかり難いかもしれない。しかし、これが一気読みする際には過去がおぼろげな点はむしろ現在を盤石にし、脱線気味なようにも思える会話は実のところQuentin Tarantino作品におけるそれのようにキャラクターの人格や互いの関係性、あるいは作品全体のアトモスフィアを作り上げるのに大きく寄与する。
またストーリーも秀逸ならアートも白眉だ。初期の Bendis はストーリーのみならずアートも自分で手がけており、 TRANSMETROPOLITAN の特別号にもアートを提供するなど意外とその評価も高い。
特に本作で注目して欲しいのはコマの使い方だ。物語に合わせて1ページのコマ数を9コマにしたり16コマにするなど数に工夫を凝らしている他、見開きページに跨るようにその大きさを増減させたり、枠の形も変えてみたりと非常に芸が細かい。
今でこそスーパーヒーローのライターとして知られている Brian Michael Bendis だが、実はクライム・ノワールを手がけている時にこそ彼は本領を発揮する。スーパーヒーローの仕事が1段落着いたら是非ともこちらの世界にも再び手を伸ばして頂きたい。
本記事で紹介した内容含む愛蔵(鈍器)版合本(Amazon): Brian Michael Bendis: Crime Noir Omnibus