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HUMAN TARGET: CHANCE MEETINGS (DC/Vertigo, 1999-2002)

 他人を騙している内、やがて自分も騙されていく。


原書合本版(楽天)(Amazonへのリンクは以下に掲載): 【Human Target: Chance Meetings】

 Christopher Chance — 標的と寸分違わぬ容姿で襲撃者をおびき寄せ迅速に排除する彼を人は”Human Target”と呼ぶ。
 麻薬ギャングに狙われた牧師の身代わり任務を終えた Chance は久々の休息を満喫する中、偶然出会ったEmeraldとベッドに潜り込むが、直後暗殺者としての本性を露わにした彼女から襲撃を受ける。あわや命を落としかけたところを1人の闖入者に救われた彼は、だが整形用マスクを脱いで正体を露わにしたその人物の素顔に驚愕する……。

 何年か前にスカパーで放映していたドラマ版の原作。ただし、内容的にはほぼ別物と考えて良いかと。
 合本はミニシリーズとして刊行された『CHANCE MEETINGS』編と OGN (Origina Graphic Novelの略。最初から合本の作品)として世に送り出された続編『FINAL CUT』編による2部構成。
 アーティストは前半が Edvin Biukovic (カバーの Tim Bradstreet も忘れてはならない)、後半が Javier Pulido(こっちはインテリアもカバーも)。どちらも初めて目にするアーティストであるものの、いかにも Vertigo レーベルらしい絵柄で目に優しい。 Pulido の描く赤と黒のバックに白い影絵が銃を構えるカバーなんかはシンプルながらとてもスタイリッシュでちょっと部屋に飾りたくなる。

 ライターはどんでん返しのあるストーリーを作らせると右に出る者はいないだろう Peter Milligan 。 2000A.D の FUTURE SHOCKS などで短い話を作る訓練を積んでいる面々は基本的にハズレがない中、 Milligan は特に話作りが上手い。
  Milligan の作品だと以前この連載で扱った ENIGMA もアイデンティティをテーマに扱った作品だが、あちらがそのテーマを魔術的リアリズムで調理したものなら、本作は同じテーマを Alfred Hitchcock ばりのサスペンスとして料理したといったところ。不思議要素の一切ない彼の現実的なサスペンス物を読むのは初めてだったので個人的にはまた新しい魅力を見つけることができて大変嬉しかった。

 ……とか何とか書いてる間に合本開いてたら突如中身がカバーから外れるという珍事発生。年に1度はこういうものに出くわすから今でこそ驚かなくなったけど、昔は結構がっくりきた覚えがあるなあ。
 そういや物語的にもアクションとミステリーのバランスとか浮気や金に絡んだハリウッド型の人間関係とか往年のダイム・ノベルを思わせるかも。いや、別にだから意図的に装丁を甘くしたというわけではないのだろうけれど。
 閑話休題。
 
 Milligan の作るストーリーは登場人物の迷いや葛藤といった内的ドラマと、巻き込まれる事件などの外的ドラマとが巧妙に絡んでくることが多い。本作でも任務を重ねていくつもの他人の顔を被るうちに自身を見失っていくChance(ら)の葛藤が、その任務を遂行することを通して解消されていく様は見ていて惚れ惚れする。

 土の中に埋没した自身は、土を掻き分けることでしか這い上がれないということなのだろう。


原書合本版(Amazon): Human Target: Chance Meetings