本作、Iron Fistの世界観を一回りも二回りも押し広げたという意味でかなり重要な作品と言えるかと。
原書合本版(Amazon): Immortal Iron Fist: The Complete Collection Volume 1
Danny Rand a.k.a Iron Fist — 雪山で遭難し辿り着いた伝説の街 K’un Lun で武術の修行を積み
”鉄拳”の称号を経て故郷のアメリカへ帰ってきた彼は、父親の残した大企業を経営する裏で街の人々を犯罪から守るべく日夜ヴィジランテ活動を行っていた。
そんなある日、彼の会社に技術協力を申し込んできた Wai-Go Industries にどこかきな臭いものを感じた Danny がその夜 WGI 社内へ潜入したところ大量の Hydra 兵に遭遇する。
同じ頃、NY から遠く離れたタイはバンコクで K'un Lun の裏切り者 Davos がつけ狙う1人の男 — その胸には Danny と同じ Iron Fist の紋章が……。
70年代にLuke Cageと共に名コンビHeroes For Hireを結成したものの、結婚してAvengersのリーダー格にまで成り上がった相棒と比べて何となく燻っていたMarvelユニバースのラーメンマ……もとい、Green Arrow。
そんな彼を一気に人気キャラクターの座へ押し上げたと同時に当時まだMarvelでは駆け出しだったライターMatt Fractionをコミック界で一躍有名にした作品がこちら。共同ライターのEd Brubakerは以前本ブログでも紹介したことのあるCRIMINALのライターであり、本作開始時点で既にGOTHAM CENTRALやCAPTAIN AMERICAなどでクライム系・エスピオナージ系作品の名手として名をほしいままにしていた。
現在SEX CRIMINALSのようなコメディを手がける前者と、KILL OR BE KILLEDのような作品を制作する後者とでは一見かなり異なる属性のライター同士であるものの、本作ではFractionのくだけた調子がDanny Randのキャラクターにピッタリだったり、彼を取り巻くHydraの陰謀がいかにもBrubakerらしい複雑で奥深いものだったりと見事にシンクロしている。
メイン・アーティストは後にFractionとHAWKEYEで再び見事なタッグを組むことになるスペイン出身の描き手David Aja。
時にNYのビルからビルへと跳び移り、また時に古代中国を意識した伝説の街K’un Lunを駆け回りとかなり舞台となる場所のアトモスフィアに幅がある本作でも違和感のない独特の絵柄。Iron Fistを始めとした7人のImmortal Weaponsの攻撃描写はとりわけ工夫が凝らされており、1コマ1コマが一枚の絵として成立するほど見ごたえがある。
その他にも様々なアーティストがフィル・イン(アーティストの仕事が遅れた際の場しのぎ)ではなく — というかHoward ChaykinやMike Allredのような著名アーティストをフィル・インとして採用するなんて不躾にもほどがある — 本筋に厚みを加える様々なサイドストーリーのアーティストとして参加しており、どれも話に合った良い絵を与えている。
本作はまずこれまでDannyたった1人だと思われていたIron Fistが実は伝統的に受け継がれてきたものだったと明かすことで深さを、そしてさらにK'un Lunの他にも”伝説の街”が6つあり、しかもその各々にIron Fistと同等の戦闘プロフェッショナルであるImmortal Weaponと呼ばれる存在がいると明かすことで広がりを与えた。これにより本作以前ではDanny Randという1つの”点”に集中していた物語にOrson RandallやWu Ao-Shiといった先代のIron Fist達、そして他のImmortal Weapons達という新たな点が加わり、世界が一気に多面的になり面白みも増した。
しかしだからと言ってDannyの物語が薄まるようなことはない。彼は変わらず物語の中心にいながらもこれまでのような”点”ではなく”軸”として機能することで物語を引き締め、また自らの物語のテンションを高めることにも成功している。
本作はIron Fistというキャラクターを見事に昇華させた歴史的な作品と言えるだろう。