VISUAL BULLETS

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PHONOGRAM, VOL. 2: THE SINGLES CLUB (Image, 2013)

 これはいい。これはすごくいい!


原書合本版(Amazon): Phonogram: The Singles Club

 2006年12月23日、ロンドンのとあるクラブで開かれた一夜のダンス・イベント。ルールは3つ。「男の歌う曲は一切なし」、「絶対に踊ること」、そして「魔術厳禁」 — ダンス・ホールに集まった音楽魔術師<Phonomancer>達が7つの魔法を紡ぎ出す。

 というわけで音楽とアメコミを見事に融和させたことで大きな話題を呼んだKieron Gillen&Jamie McKelvieのPHONOGRAMシリーズ第2弾THE SINGLES CLUBでございます。前巻『RUE BRITANNIA』ははっきりとした続きものでしたが今回は緩く繋がった7つの一話完結という構成。McKelvieによるアートもモノクロからカラーになり全体として華やかさが向上した感じ。  
 前巻の主人公だったDavid Kohlも登場するものの前巻の内容がそれほど深く関わってくるわけではないので若干ハードルの高かったそちらより本巻から読み始めるというのもアリかと。
 
 一般の音楽系作品にありがちな演奏する側の描写がほとんどなく、基本的に「聴く側」を描くスタンスも相変わらず。バンドを組んで一発当てようとする奴は登場するもののこいつも最後まで楽器を持つこともなければメロディを口ずさむことさえない。そもそも本巻は舞台がダンス・クラブなので強いて言っても次に流す曲を決めるDJが2人いるくらい。
 だからというわけではないものの、楽器などほとんど手にすることのない私にはバンドやアイドルを描いた作品よりかは余程共感できる部分が多かった。

 前巻の記事でも書いたことだけれど音楽に限らず芸術やエンターテイメントを描く作品というのは大半が「アクティブな側」 — つまり演奏者であるとか製作者であるとかアイドルであるとか — を描いたものだ(内容は結局のところスポ根アニメのフレーバーを変えたに過ぎないけれど)。
 稀に映画や小説といったジャンルであればいくつか「パッシブな側」 — つまり読者や観客や視聴者 — を描く作品をちょこちょこ目にしないでもないが、内容を見てみると映画に関する豆知識をひけらかす知識オナニーになっている場合が多い(とりわけ日本は国際的にみて芸術に対する着眼がかなり知識偏重型であるとかないとか)。 


原書キンドル版(Amazon): Phonogram Vol. 2: The Singles Club #1 (of 7)

 
 ブリット・ポップを扱う本作でも豆知識的な要素が全く見出だせないとは言わない。音楽を操る者として「聴き手のプロ」たるPhonomancer達の会話からは彼らが相当の知識を備えていることが匂わされる。しかし他の多くの類似作品と比較した時に本作でその要素はかなり希薄だ。どちらかと言えばその辺りは合本の巻末に載っている設定資料が担っており、少なくとも作品内において意味もなく「このバンドは何々でこの曲が生まれるまでには云々」と解説する描写はない。 
 本作における”音楽”の扱い方はかなり特異で、かなり主体的。登場人物と曲の絡み方が単なる知識自慢には留まらない。むしろまずその曲が単純に「好き」か「嫌い」かを宣言するに始まり、そこから「どう好き」か「どう嫌い」かに発展し、やがて各々がその曲に基づいた行動を取るに至る。曲に関する言及がほとんどないにも関わらずキャラクターがそれを背負っていることがはっきり見て取れる話もあった。

 聴覚に直接訴えかけることのできないコミックという媒体で音楽を扱うことにはそれなりのハードルがある。しかし、GillenとMcKelvieはそんなハードルをやすやすと飛び越えて読者の耳に音楽を届けてくれる。
 第3弾、そしてこのコンビによるWICKED + DIVINEも読んでみたくなった。