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『THE FLASH BY GRANT MORRISON AND MARK MILLAR』(DC, 1997-98)

「あなたにとってのFlashは誰?」
 アメコミ界隈では頻繁に聞く問いだ。
 コミックでも大人気なら現在は実写ドラマでも活躍している真紅のスピードスター、The Flash — その答えは目下コスチュームに身を包んでいるBarry Allenから羽付き鉄帽の初代Jay Garrickまで、どの時期にどのメディアでこのヒーローに出逢ったかで変わってくる。
 ちなみに私にとってFlashといえばWally Westだ。


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 先代Barry Allenからその名とコスチュームを受け継いだWally Westは、世界最速のスーパーヒーローThe Flashとして生きたスーツや鏡を操るMirror Masterといった悪漢に日々立ち向かいながら、プライベートでは恋人のLindaと仲睦まじい毎日を送っていた。しかしある日、異世界の住人達により世界の存亡を賭けたレースの対象にされてしまった彼は、致し方なく参加を決意する。だが、そんな彼の競争相手は…。

 現在だとほとんど交流はないようだが、Grant MorrisonにMark Millarと言えば一時はあちこちでライティングのタッグを組んでは一風変わった作品を数多く生み出していた。私自身はそれほど2人のコラボをたくさん読んでいるわけではないが、率直な感想を述べるとMorrisonのBatmanサーガみたいに全部が全部ハラハラドキドキというわけではないものの、面白いアイデアがそこかしこに見受けられてかなり好印象。少なくともFlashというキャラクターの魅力はかなり的確に捉えられていたのではないかと思われる。


本書に含まれる『THE HUMAN RACE』の合本(Amazon): The Flash: The Human Race

 Flashというキャラクターが読者から圧倒的な支持を得た背景には大きく2つの要素がある。
 まず1つがその科学的なバックグラウンド。
 DCのコミックを読んでいると、稀にFlash絡みで”Flash Fact”という言葉が発せられることに気付くだろう。”Flash Fact”とはシルバーエイジの『THE FLASH』誌において時折差し込まれた科学コラムのようなもので、半ページないしは1ページでちょっとした科学を解説するものだった。”Flash Fact”でなくともこの頃の『THE FLASH』誌ではコマの中で起こっていることに対して編集部からの注釈がしょっちゅう含まれ、本誌は(とりわけ”速さ”に関する)科学を中心に据えているのだという意図が明確に示されていた。これが多くのSF読者の知的欲求みたいなものを刺激し、人気を博す一端となった。

 そしてもう1つの要素はFlashというキャラクターの人間性。
 これを示したのは本作ではなく後にライティングを担当したGeoff Johnsだが、例えばSupermanのように人々の上を飛び交ったり、Batmanのように人目を避ける者達とは違い、一般市民のすぐ横を走るFlashは人々との関係がかなり密なヒーローだ。Wonder Womanの高潔さやAquamanみたいな威厳も(無論良い意味で)さほど感じさせず、言うなればSpider-manなんかに近い”親愛なる隣人”系ヒーローと言える。実際、彼らはAvengersやJustice Leagueなど属するチームの中で常に一般市民の目線から物を言い、チームの良心的役割を果たしている。

 今回の合本にはそういった2つの要素を含んだ話が数多く含まれ、Flashが単に「高速で移動できる」だけのヒーローではないことを気付かされるエピソードが少なからず見受けられた。とりわけ、Flashが地球の存亡を賭けて異次元異世界のスピードスター達とレースを行う『THE HUMAN RACE』編ではFlashが異世界の賭博者を出し抜くために知恵を絞り世界中の人々と共に走る姿が描かれており、『THE FLASH』誌の1つの到達点と謳うことも出来るだろう。

 スーパーヒーローとはシンボルだという話を何度かしたと思う。
 Supermanは我々が目指すべき未来を体現している。
 Batmanは我々の闇を。
 では、Flashは。
 彼は、我々が少し背伸びすれば今すぐなれる自分を示している。


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