VISUAL BULLETS

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『BATMAN R.I.P.』 (DC, 2008)

 卵が先か、鶏が先か。
 ヒーローが先か、ヴィランが先か。
 倒すべき悪がいなくなった時、正義は次に何を求めるのか。


邦訳合本版(Amazon): バットマン:R.I.P. (ShoPro Books)

 周囲がその存在さえ疑問視する中、ただ1人Gothamの闇に見え隠れする謎の組織Black Gloveの捜査に執念を燃やすBatman。だが、遂に姿を露わにしたBlack Gloveが闇の騎士に照準を定めた時、彼に最大の危機が訪れる。
 Batmanよ、安らかに眠れ — 。

 引き続き、ライターGrant Morrisonによるサーガを読んでいく。今回の合本は『BATMAN AND SON』でその存在が明らかとなったBlack Gloveの脅威を前に、肉体と精神両方の面から追い詰められたBatmanの正気が試される#676−81と、『FINAL CRISIS』で囚われの身となった彼の精神内部における闘いを描く#682−3からなる。ぶっちゃけ後者は『FINAL CRISIS』を読んでないといまいち意味が分からない。


原書合本版(Amazon): Batman R.I.P.

 以前、とある評論家が「Batmanとは、Bruce Wayneなる金持ちが欧米に深く浸透したノブレス・オブリージュの思想に基づいて行動した結果であり、まず悪ありきである日本のヒーローとは正義の意味が根本的に異なる」と述べているのを見かけた。
 以前『STORMWATCH』や『AUTHORITY』の記事でも言及したが、ノブレス・オブリージュとは力を持つ者に課せられる責任のことであり、言い換えれば「大いなる力には大いなる責任が伴う」という蜘蛛男でお馴染みのやつだ。

 確かにSupermanやWonder Womanならこの評論家の指摘する通りだろう。
 しかし、Batmanに関してこの指摘は当てはまらないだろうというのが私の意見だ。

 Batmanのオリジンを思い出して頂きたい。彼は幼い頃に両親が殺害されたのをきっかけに「二度と同じ悲劇が誰にも訪れないように」と、自らの頭脳と肉体を徹底的に鍛え上げてBatmanとなった。確かに街の守護神となる過程で両親の残した会社と莫大な財産を備品などに費やしているものの、それはあくまで自分の置かれた状況を最大限利用したに過ぎず、金は行動動機となっていない。
 あくまで”犯罪に対する憎しみ”こそが彼の行動動機だ。

 ノブレス・オブリージュとはまず力があって、そこから義務なり責任が発生する(力→目的)。Clark Kentが生来の能力を社会奉仕に向けることを決めたのはまさしくこれだろう。 
 しかしBruce Wayneはといえば最初に悲劇があり、そこから目的が生じて、それを達成するための力を渇望するに至る(目的→力)。力と目的とのベクトル関係がノブレス・オブリージュとは逆なのだ。

 Batmanの行動動機はむしろ欧米より日本のスーパーヒーローに近い。
 仮面ライダーや戦隊ヒーローなどといった日本のヒーローの多くは、最初に怪人なりそれを率いる組織なりといった悪の存在があり、その反動という形(改造されたけれど裏切ったとか)で誕生するが、それは両親の殺人という悲劇の反動として誕生したBatmanのオリジンとかなり似ている。
違う点はと言えば、日本のヒーローで言うところの「悪の組織」とはBruce Wayneにとって「犯罪全般」を指すことくらいだ。
 もっと言ってしまえば、普通の人であればあって当然のものとして受け入れてしまっている窃盗や殺人をも”宿敵(=ネメシス)”として扱ってしまうパラノイアぶりに彼の狂気性(?これに関してはまた機会を改めて)が潜んでいるものと思われる。
 
 さて、本作でGrant MorrisonによるBruce Wayneの心理分析的はひとまず終わる。

 過去の清算は済んだ。
 さあ、次のステージだ。