VISUAL BULLETS

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『CRIMINAL VOL.1: COWARD』 (Image, 2006-07)

 タバコの煙とジャック・ダニエルズのボトル、とぐろを巻く香水に混じった火薬の匂い……。
 これぞハードボイルド。これぞピカレスク。これぞBrubaker&Phillips。


原書合本(Amazon): Criminal Vol. 1: Coward



 その綿密な計画性と危機回避能力で数々の修羅場を潜り抜けてきたLeoは、だが一方でその石橋を叩いても渡らないほどの慎重さから同業者からは”臆病者”と揶揄されてきた。5年前にとある銀行の襲撃に失敗して以来、派手な仕事からは足を洗っていた彼だが、ある日知り合いの汚職警官に証拠品運搬車両からダイヤを奪取する計画を持ちかけられる…。

 Ed Brubakerのライティングによるクライム物という時点で面白くないわけがない。加えてアートにSean Phillipsが組むときたら傑作が生まれるのは決まったようなものでして。
 本シリーズ『CRIMINAL』はこの鉄板コンビによる犯罪物の連作。元々はDC/VertigoのMarvel版とも言うべきIconレーベルで連載していたが、残念ながらIconは思ったほど売れ行きが伸びず程なくして消滅、本シリーズはImageに移籍して現在に至る。シリーズとは言うものの基本的に合本1冊で1つの話が完結しており、今回紹介する『COWARD』もこのVOL.1の合本でしっかり終わりまで描かれている。


イタリア語合本(アートの参考に)(Amazon): Codardo. Criminal

 BrubakerとPhillipsは犯罪物を書くのが本当に上手い。
 いや、訂正。
 BrubakerとPhillipsは犯罪に携わる人間を書くのが本当に上手い、とするべきだ。
 犯罪に加担する人間、犯罪に巻き込まれる人間、犯罪を追う人間…ここには様々な形で犯罪と関わる者達が登場するが、どの1人として一筋縄で行く者はいない。どこか頑なで、どこかくたびれている。

 唐突だが、以前キャラクター論に関する本を読んだ際に『良いキャラクターというのは”弱さ”を備えたキャラクターである』という内容を目にしたことがある。まあ確かにと頷けるところもある一方で、全く疑問符を感じないかと言えばそうでもない。
 ゴルゴ13、孫悟空(初期は尻尾を握られるととかあったけど)、Mickey Mouse……これらのキャラクターに弱点らしい弱点はない。その万能ぶりを見れば最早Batmanが人間であることなど弱点でもなんでもないし、Wonder Womanなど完全無欠そのものだ。

 思うに”弱点”というのはキャラクターに2つの作用をもたらす。人間性を与える作用と、シンボル性を失わせる作用だ。シンボル性に関しては考えもまだちゃんとまとまっていなければ話すと長くなりそうでもあるのでまた別の機会にするとして、ここでは前者の作用に注目したい。
 ”弱点”という付け入る隙はキャラクターに若干の深みをもたらす。が、それは単に何も特徴がないより「マシ」なキャラクターであり、「良い」キャラクターとは言いづらい。どっかの魔法少女に「体育は苦手」なんて設定があったところで、だからどうしたという感じだ。

 キャラクターの”弱さ”はその”強さ”と密接に関わりがある時にこそその真価を発揮する。
 例えばSupermanは先天的にKryptoniteが弱点だが彼はそれを地球で得た知恵や勇気、あるいは友情などによって克服する。アトムはエネルギーがなくなると動けなくなるが、だからそのエネルギーが補給された時に得る十万馬力の力はちょっとしたカタルシスとなる。拝一刀にしたところで大五郎が唯一の弱みだが、自らの子さえ不幸にできるその非情な意志が最大の強さだ。
 このように”強さ”と直結した”弱さ”は説得力のあるキャラクターを生むと同時に大きなドラマを生む起爆剤ともなる。


原書旧版合本(Amazon): Criminal: Coward

 そして本作の秀でている点は単に”弱さ”と”強さ”を直結させるに留まらず、更にこれを謂わば二層構造にしている点だ。Leoの危機回避能力はその”臆病者”と揶揄される慎重ぶりの裏返しである。しかし、話が進むに連れてそれさえもう一段上の”強さ”と”弱さ”から派生した副産物に過ぎないことが明かされる。
 これによりLeoという人物には一層の深みのある、複雑なキャラクターとなった。
 そしてそういった”強さ”と”弱さ”彼が辿り着く終着点にもしっかりと根付いている。
 見事なストーリーテリングという他ない。