『ALL STAR SUPERMAN』や『WE3』など、誰が読んでも楽しい作品もあれば、『FILTH』のようにかなり人を選ぶ作品も世に送り出すGrant Morrison — 2013年に『BATMAN INC.』を終えた彼が久々に我らがポップ魔術師として帰ってきた作品が『NAMELESS』だ。
名を持たぬ魔術師”Nameless” — アンチ・ユニバースの紋章が刻まれた謎の超巨大隕石が地球に迫っていることを知った彼は、天文学者でITの寵児でもあるPaul Dariusによって集められた調査チームの一員として隕石との接触を試みるが、それは悪夢の始まりでしかなかった……。
何が起こっているのか全く分からない、というのが正直な感想。読者を誘い込むために#1は簡単な構成にして#2や#3でどんどん振り落としていくというパターン、あるいは奇をてらって逆のパターンなどはままあるが、最初から最後まで一貫して「?」のコミックというのはそうそうない。近い感覚で言えば、全くの予備知識無しで『エヴァQ』を見るようなものか。
最初からわけの分からない物語を作るのは簡単なようで案外難しい。『Alice in Wonderland』さえ最初は少女が湖畔でうさぎを見つけるところから始まるように、物語の作者にも迷宮の中へ入っていくための導入というか取っ掛かりは必要だ。物語の順序を組み替えたり、あるいは先に組み立てた部分を取り除くことで迷路の中にいるかのような錯覚を引き起こすことは可能だが、本作の複雑怪奇ぶりはそういう次元じゃない。しかも、大量のモチーフが説明のないまま物語に絡んでくるため、読み解くには科学やオカルトに関する豊富な知識が要求される。
だが一方で、難解なストーリーながら読み進めるための引力は十分にあると言えよう。インタビューでMorrisonが本作に関して「徹底的に救いようのない話を書いたつもりだ」と言っていたのを以前見かけたが、展開は全く読めないにも関わらずその緊迫感は伝わってくる。
ストーリーもそうなら、アートも強烈だ。
本作でアートを担当しているのは『BATMAN INC.』でもMorrisonと組んだChris Burnhamだが、今回の彼はとてもグロい。同じくインタビューで本作のためネットでグロ画像をリサーチしまくったと語っていた通り、生理的嫌悪を催すような絵が次から次へと登場する。最後の方では気持ち悪さを通り越してカタルシスさえ感じるほどだ。
Burhamの絵には一目で彼の描いたものと分かる独特の個性がある。リアルなのにどこかカートゥーン調が混じっており、グロにさえどこか惹きつけるものがある。
全ての物語が理解可能だと思うのは傲慢だ。
クリエイターの技量、読み手の知識量などに関係なく、どうやっても咀嚼しきれない物語というのはやはり存在する。そういった作品を駄作だと糾弾するのは簡単だが愚かだ。時として人の頭に収まらないサイズの物語というのは存在する。むしろ収まる物語の方が歪な可能性だってある。
分かりやすさは話の面白さではない。”多数が納得する正解”が簡単に手に入るようになってしまった今の時代、何が起こっているか分かり難いというだけで作品をこき下ろす言動をSNSなどで頻繁に見かけるが、ファストフードとスローフードとのそれぞれに良い面と悪い面とがあるように、簡単に理解できる作品と一筋縄でいかない作品とには、互いにない魅力がある。
世の中には雨垂れ石を穿つようにじっくりと腰を据えて何度も読み返す物語も必要だ。