直木賞受賞作を読んだことはあっても、賞の名前の由来である直木三十五の作品を読んだことがない人は(私もそうですが)少なからずいるでしょう。同様にアメコミを読む者でもアイズナー賞受賞作は読んだことがあっても、ウィル・アイズナーの作品は読んだことがないという人も結構多いのではないでしょうか。
旧版カバー(Amazon)(現在は絶版のため以下の新版合本をどうぞ): Will Eisner's New York: The Big City
ウィル・アイズナーといえば”グラフィック・ノベル”という名称を最初に使用した人物として知られていますが、 DC やマーベルのスーパーヒーロー作品とは縁の薄いクリエイターだったことからジャック・カービィやスタン・リーなどと比べ、とりわけ業界の外ではやや認知度に劣るかもしれません。
しかし、その一方で彼ほど後に続くクリエイター達へ影響を与えた人物はいないでしょう。アラン・ムーアはインタビューなどで度々彼を賞賛していますし、アイズナーの著作である教習本 COMICS AND SEQUENTIAL ART はスコット・マクラウドの UNDERSTANDING COMICS などと並んで全てのアメコミ・クリエイター志望者の必読本と位置付けられています(ちなみにアマゾンでこの作品を検索するとレビューの欄で TRANSMETROPOLITAN や THE BOYS などで有名なアーティスト、ダリック・ロバートソンによる推薦文を見ることができる)。
フランク・ミラーの手で映像化されたこともある代表作 THE SPIRIT の単行本がほぼ絶版になっていたため長らく読む機会に恵まれなかったものの、最近になってようやく別の作品を入手。その1つが今回語る WILL EISNER'S NEW YORK: LIFE IN THE BIG CITY です。
本作はアイズナーによるいくつかの作品を合冊にしたもので、どれも名前の通り大都会での人間模様を描いたものとなっています。
読み始めてすぐに「これは」と背筋がぞくぞくする。
有名すぎる古典の名作を軽い気持ちで手に取って衝撃を受けるようなことがたまにありますが、丁度あんな具合に。
アイズナーはとにかく人間を描くのが上手い。人を描くという点において彼に優るクリエイターはいないでしょう。丁寧な人間観察に基づいた絵柄と物語はコミカルながらどこか哀愁が漂い、常に人が物語の軸となっているドラマは時に理不尽、時に不条理で単純な悲劇喜劇として区分することができない味わい深いものに仕上がっています。
スポットライトを浴びている登場人物は勿論のこと、道の脇に立っているだけの者に至るまで非常に表情豊かで、まさに”人間模様”という言葉が似つかわしく思われます。
また、舞台である大都会の描写も匠の域。
人が通る場所に道が生まれるように、通りもまた人を何かへ駆り立てる。日々を営む人々の情動に合わせて街は明るくなったり汚くなったり物憂げになったりし、逆にそれがまたドラマを生み出す。アイズナーはそんな人と街との関係性を丹念に描いています。
都会を批判し田舎を賛美することは簡単でしょう。しかし、コンクリート建てのビルだって大樹のように日々表情を変えますし、地下鉄のホームを吹き抜ける風だって衛生面を度外視すれば浜風と比べてそう捨てたものじゃありません。良くも悪くも利便性にばかり焦点が当てられる都会ですが、それだけでは語ることができない数多くの魅力を備えていると個人的には思います。
本当に、どうしてこれまでウィル・アイズナーの作品を読んだことがなかったのだろうと首を傾げざるを得ないと共に、遅ればせながらも彼の作品に出会うことができたことが喜ばしい作品集です。
THE SPIRIT の合本も再刊してくれないかなあ。
原書合本版(Amazon): Will Eisner's New York: Life in the Big City (Will Eisner Library)