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書評『 MARVEL COMICS : THE UNTOLD STORY 』 by SEAN HOWE

 ”ヒーロー”などいない。

 現在、世界中のファンを魅了しているキャラクター達 - その正体は屍者が屍肉を喰らってぶくぶくと太った異形である。


Marvel Comics: The Untold Story

 エンターテイメントウィークリー誌などで活躍したジャーナリスト、ショーン・ハウによるマーベル・コミックスの舞台裏を描いた著作であり、アメコミに関するノンフィクション書籍を紹介する際には必ずと言って良いほど名が挙がる名著。

 だが、万人におすすめできる作品ではない。

 少なくともマーベルやスーパーヒーローの熱狂的なファンは避けたほうが良い。
 本書は彼らの抱く幻想をいとも容易く粉砕するほどの破壊力を有している。”マーベル”というゾンビがクリエイター達を屠る阿鼻叫喚を遠くから冷静に見守れるくらいの度量なくしては、本書に書かれた内容は読むに堪えない。

 かく言う私もこの業界1位の出版社に関するきな臭い話は見聞きしていたし、決してナイーブな読者ではないつもりだったが、読後しばらくはマーベルとそのキャラクターに対する嫌悪を拭いきれなかった。おそらく今後もしこりのようなものとして残り続けるだろう。



Marvel Comics (1939) #1


 本書は80年近い歴史を持つマーベルの歴史を、その前身が生まれた1930年代から映画『アベンジャーズ』が公開される2012年頃までを5部に分けて綴る。

 第1部はマーベルの創始者であるマーティン・グッドマンが1933年に雑誌出版社「ニューススタンド・パブリケーションズ」を立ち上げてから、70年にジャック・カービィがマーベルを後にするまで。

 第2部はスタン・リーからバトンを渡されてEiC(編集長)の座に着いたロイ・トーマスの下でクリス・クレアモントジム・スターリンスティーブ・ガーバーらが世界観に新たな彩りを加えた70年代。

 第3部はスタン・リーがマーベルヒーロー達をビッグ・スクリーンにデビューさせようと邁進する一方、新たにEiCとなったジム・シューターが編集による圧政を敷き、クリエイター陣としのぎを削りあった時代。

 第4部は利益を追求する経営陣や編集らの姿勢が作品に影響を及ぼす中、トッド・マクファーレンジム・リーらが離反してイメージを立ち上げるなど、編集とクリエイターの確執が没落の引き金となる80年代後半から90年代前半。

 そして第5部では遂に底を打ったマーベル・ユニバースをジョー・ケサダらが再び立ち上がらせようとするのをよそに、コミックに無関心な経営陣が三つ巴四つ巴の争いを繰り広げたつい最近までの話。

 ライターやアーティスト、編集者など150人以上の関係者に対して行われたインタビューを元にマーベル・コミックスのこれまでの歩みが総合的かつ詳細に記しており、この会社がいかにして業界1位に上り詰めたかを知ることができることは勿論、それに対応する形で業界全体の動きもある程度見渡せる。



Fantastic Four (1961-1998) #1 (Fantastic Four (1961-1996))


 端的に感想を述べるならば、下手なコミックを読むより余程手に汗握る内容だった。
 上でも述べた通り、これまでマーベルとクリエイターとの危うい関係については多少見聞きしていたので、そういった話にはっきりとした輪郭をもたらしてくれたという意味で得るものも多かった。

 だがその分、衝撃と幻滅も大きい。
 
 全体を通してみた時にすぐ分かるのは、マーベルの歴史が編集クリエイター、言い換えるなら”マーベル”というブランド各作品との対立の歴史に彩られているということだ。
 これは様々な思想や出自を負う者達が1つの世界を物語る - あるいは"物語り続ける" - というマーベル・ユニバースの特異な性質上、当然発生して然るべき摩擦であり、ライバル社の DC にも同様の現象は見られる。

 このこと自体は何ら悪いこともない。
 ファン同士で作り上げる同人のシェアワールドならともかく、ビジネスとしてやるならやむを得ず編集が作品に干渉する場合もあるだろうし、そんな介入から逃れようとクリエイターが知恵を絞るなどした結果、思わぬ化学反応をもたらすこともある。
 実際、本書の第2部では『 FANTASTIC FOUR 』『 THE AMAZING SPIDER-MAN 』などの売れ筋タイトルの締め付けを忌避したライター達によって『 CAPTAIN MARVEL 』『 HOWARD THE DUCK 』が大きく花開く様子が描かれている他、第4部では編集が全体像を見渡しきれなかったばかりにロイ・ライフェルドらの暴走を招いた例も挙げられている。



Amazing Fantasy #15: Spider-Man!


 だがマーベルの不幸はここにもう1つの対立軸が発生したことだ。

 それはマーベルをコミック産業として見る者達と、キャラクター産業として見る者達との対立である。

 ジャック・カービィスタン・リーの対立なんかも”作品”を生み出した前者”キャラクター”のアイデアに寄与した後者の間における認識の齟齬に拠るところが大きい。
 
 そしてマーベルのさらなる不幸は本来であれば同等あるいは前者の方が強くあって然るべきな力関係の天秤が後者の方へ大きく傾いてしまっているということだ。
 
 このことにより数多くのクリエイターがマーベル・ユニバースの発展に寄与しながら著作権などを奪われ正当な対価を得られずに泣き寝入りする羽目になってしまった(唯一、ハワード・ザ・ダックだけはスティーブ・ガーバーの奸計により密かにこの呪縛を逃れることに成功した)。

 そうして生みの親の手を離れたキャラクター達は終わりのない物語の中で持て囃され、搾取され、辱められ続けるコンテンツになり下がった。
 最早彼らは「オワコン」となることさえ許されない。幸せな家庭も戦いに背を向ける自由も永遠の休息さえも奪われて戦い続ける。
 
 時に自らの過去を貪り、歪んだ形で吐き出しながら。



Marvel Zombies #1


 この状態は現在も続いている。
 せめてもの光明はマーベルをコミック産業として見る者達がまだ多いということだ。クリエイターと密に相談してコミック作品のクオリティを少しでも上げようという意識を持つ編集者の数はむしろ増えているかもしれない。
 かつては一部のクリエイターに限られていた”インデペンデント系作品”という選択肢が最近では現実的となっていることも不幸中の幸いといえよう。

 しかし一方でマーベル・コミックスを映画やグッズの原案倉庫として見ていない者も少なくない。
 彼らの意識はファンが群がり続ける限り変わることはないだろう。
 
 逆を返せば、今問われているのはマーベルではなく我々読者の姿勢なのかもしれない。

 本書はどんな人にも勧められるものではない。
 
 しかし現状のマーベルひいてはアメコミ業界全体の改善のため、全てのファンに読んで欲しい著作である。