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FAREWELL, VERTIGO

 今日、 DC が VERTIGO レーベルの閉鎖を発表した。


Vertigo 10th Anniversary 2004 Calendar: Spiral Binding

 93年に始まったこのレーベルは当時まだコミック・コード・オーソリティの検閲による制約が強かったマーベルや DC では通常扱うことのできない大人向けコンテンツを中心に扱い、これまで数多くの名作を生み出してきた。
  THE SANDMAN 、 HELLBLAZER, PREACHER 、 100 BULLETS 、 FABLES 、 SWEET TOOTH ・・・代表作を挙げればキリがない。


Hellblazer: Shoot (John Constantine, Hellblazer) (English Edition)

  VERTIGO は2つの点において業界に新風を巻き起こした。

 1つはアメリカンコミックスという媒体をスーパーヒーローの枠から解き放ったことだ。

 当初こそ ANIMAL MAN や DOOM PATROL など DC の既存タイトルからスライドしてきた作品が多かったこともあり、 メインの DC ユニバースと緩く繋がっている作品も多かったが、その後 THE SANDMAN や HELLBLAZER など独自の世界を築き上げるようになった作品の影響を受ける形でレーベル全体も袂を分かっていった。 FABLES や PREACHER などは完全に独立した世界観だ。

  SF 、犯罪物、ファンタジー、ヒューマンドラマ・・・ヴァーティゴから刊行される作品のジャンルは多岐に及んだ。

 選択肢が豊富になれば、それを読む読者の層も厚くなる。 
  THE SANDMAN はそれまでコミックに見向きもしなかった成年女性読者層を開拓したと言われている。 THE INVISIBLES はカウンターカルチャー方面から強い支持を得た。
 性だろうが暴力だろうが手加減抜きの描写が許されたヴァーティゴの作品群では様々な人種、思想、社会問題がクローズアップされ、あらゆる人々の関心を呼んだ。

 そしてこういった大人向けの非スーパーヒーロー系作品からヒット作が出るようになると、それまで“ヒーロー物じゃないと売れない”、“コミックは子供が読むもの”といった先入観に囚われていた業界全体の意識を変えるに至り、2000年代以降におけるインデペンデント系作品のカンブリア紀、その先駆けとなった。
 こうした読者層にスーパーヒーロー方面が応えるようになったのはつい最近のことだ。

 ついでに言えば毎月刊行されるシリーズをまとまった単行本の形で出し始めたのもヴァーティゴである。
 このレーベルが存在しなかったら、現在の業界はかなり異なる様相を呈していただろう。


The Invisibles: Book One - Deluxe Edition (English Edition)

 ヴァーティゴが業界にもたらした2つ目の変化はクリエイターへの自由だ。

 これはヴァーティゴというより、それを長らく率いた編集者カレン・バージャーの貢献に拠るところが大きい。
 ヴァーティゴを語る上で彼女の存在は欠かせない。

 創立当初からレーベルに携わっていた彼女は 独自の視点と作風を備えたクリエイターを多数発掘し、彼らに自由な作品作りの場を提供した。特にニール・ゲイマン、グラント・モリスン、ピーター・ミリガンといった英国系クリエイターを業界へ呼び寄せ、80年代から90年代にかけての“ブリティッシュ・インベージョン”と呼ばれる潮流を引き起こした功績は大きい。

 また、ヴァーティゴはそれまで出版を諦めざるを得なかったような作品の受け皿となった面もある。

  ENIGMA は元々ディズニー・コミックスから刊行される予定だったが新レーベル創設が頓挫したことから行き場を失っていたところ、ヴァーティゴで刊行してカルトヒット作となった。
 当初マーベルでニック・フューリーを主人公にしたストーリーを考えていたグラント・モリスンがそのあまりに尖りすぎた内容を拒否られた後、ヴァーティゴに持っていってオリジナル作として刊行したのが FILTH だ。

 まだイメージやダークホースといったインデペンデント系出版社が手探りで現在に至る方向性を模索していた頃、ヴァーティゴは業界の本流では表現できないアイデアを持ったクリエイター達の受け皿となったのである。
 そして、こうしたクリエイター達の中にはヴァーティゴで発表した作品を機に大きく注目されるようになり、今では業界全体を牽引する存在となった者も少なくない。
 
 ヴァーティゴはアメリカンコミックスの可能性を試す実験場であり、情熱あるクリエイターにチャンスを与えるアリーナでもあったのだ。


The Sandman Vol. 1: Preludes & Nocturnes 30th Anniversary Edition

 個人的なことを書かせて貰おう。

 私がヴァーティゴを初体験したのはコミックを読み始めて3年ほど経った頃だ。
 スーパーヒーロー物に食傷気味だった頃、ヴァーティゴから刊行された V FOR VENDETTA の単行本を手にとったのが最初だったように覚えている。
 正直、当時の私にはアラン・ムーアとデヴィッド・ロイドはまだちんぷんかんぷんだったが、それでも今まで読んできた作品と違うということだけはわかった。

 その後、 THE SANDMAN で衝撃を受けたのを機に私はヴァーティゴを明確に意識し始め、刊行作品を読み漁るようになった。

 今でも過去作新作問わずヴァーティゴの作品は頻繁に取っているし、 その片鱗は当ブログでこれまで行ってきたレビューなどにも現れていると思う。

 ヴァーティゴの存在があったからこそ、今の私があるといっても過言ではない。


American Carnage

 巷では昨今のヴァーティゴがかつての勢いを欠いており、今度の閉鎖は致し方なしという意見も見受けられるが、個人的にはそうは思わない。
 最近でも AMERICAN CARNAGE など(それら全てを必ずしも網羅できたわけではないものの)唆られる作品はかなりあった。

 掲示板などで囁かれる大人の事情がどれだけ影響を及ぼしているのかわからないが、各作品のクオリティ、そして何よりクリエイターの姿勢は今も昔も変わっていないと思う。

 大きく変わったものがあるとすれば、それはヴァーティゴ以外にもインデペンデント系作品を刊行する出版社が増えた業界全体であり、ヴァーティゴ以外の選択肢も与えられるようになった我々読者だ。

 そう考えればヴァーティゴは少なくとも業界に風穴を空けるという役目を果たして幕を閉じることができたといえるのかもしれない。そのちゃんとした評価が下されるまでにはもうしばらくかかるだろう。

 何にせよ、これまでこのレーベルに関わってきたクリエイターの皆様、本当にありがとうございました。

 目眩が起きて、世界は目覚めた。
  VERTIGO よ、安らかに眠れ。

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