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アメコミ論壇 : 『JAWBREAKERS』炎上騒動について

 何やら色んな人を巻き込んで大きな騒動に発展しつつあるので(需要があるのか知らんけど)事件の概要をまとめてみた。
 
 なお執筆には細心の注意を払っているものの、敏感な話題に対する知識不足などから誤解を招く表現があるかもしれないことを先に断っておきます。
 お許し頂ける方だけ以下お読み下さい。

事件の経緯

 騒動は『 JAWBREAKERS 』というコミックがクラウドファンディングで制作資金を募ったことに端を発する。
  Richard Meyer というライターを中心に Ethan Van Sciver など著名クリエイターを擁した本作はすぐに目標を大きく上回る資金を集め、さらにはインディ系の老舗出版社 ANTARCTIC PRESS から出版のオファーを受けるまでの成功を収めた。

 これだけなら単なる美談だ。

 さて、この『 JAWBREAKERS 』制作の中心である Richard Meyer なる人物。
 実はクリエイターとして活動する傍ら、 DIVERSITY & COMICS というユーチューブ・チャンネルを手がけている人物としても有名だ。

  DIVERSITY & COMICS は端的に言えばアメコミ専門の保守系論壇チャンネル。
 投稿する動画の大半は、最近マーベルやDCといった大手出版社がマイノリティ系のキャラクターを積極的に推したり、女性クリエイターらを多数起用するような動きを見せていること(といっても今まで極端だった業界の体制を改めているだけ)に対する批判である。
 動画や SNS で時として根拠のない誹謗中傷や差別的発言をする彼に嫌悪感を抱いている読者は少なくない。
 また、 Meyer 以外のクリエイター陣についても過去に言動を問題視された者がいる。

 こういった事情から一部のコミック専門店が『 JAWBREAKERS 』を店頭で扱わないことを表明(ただし、これは必ずしも Meyer らクリエイターに反感を抱いたからではなく、中にはクラウドファンディング物は店頭で売れにくいからと販売戦略的観点から手を引いたところもある)。

 すると Meyer はこれら販売拒否を表明した店をSNSで名指しして批判。彼のファンがこれに便乗し軽く炎上する。

 話がややこしくなるのはここから。

 この動きをいち早く察知して動いたのが、現在マーベルで AVENGERS や CAPTAIN AMERICA などを手がける名物ライター Mark Waid 。 Waid は日頃からこういった人権侵害などに対し、声を大にして批判するクリエイターの1人だ。
 今回も Meyer の動きに見かねた彼は ANTARCTIC PRESS に対し、出版に至った経緯と真意を問い質す電話をかけた。

 しばらくあって ANTARCTIC PRESS は『 JAWBREAKERS 』の出版から手を引くことを発表。

  Meyer はこれに対し、 Waid とマーベルが ANTARCTIC PRESS に圧力をかけて自分達の表現の自由を侵害したと激しく非難。再びファンらと共に炎上騒ぎを引き起こす。
 なお、『 JAWBREAKERS 』自体は Meyer らが自ら立ち上げた新会社 SPLATTO COMICS から刊行することが決定した模様。

 やがて Mark Waid が全ての SNS アカウントを消去。
  Meyer は新たに投稿した動画で法的手続き(?)に打って出ることを表明。また、 SNS では自称”マーベル関係者”から「 Waid がマーベル編集長である C. B. Cebulski の怒りを買って追放された」と聞いたことをツイート。

  ANTARCTIC PRESS は Waid から電話を貰ったことは認めたものの、それに対してマーベルや Cebulski に抗議するようなことはしていないと説明。


  Waid がネットの海から消えたことで怒りの矛先を失った Meyer と彼の支持者が、この問題に声を上げる他のクリエイターらと口論になり泥沼化。←今ここ。

私見

 まず最初にこの騒動について Meyer が言うようにマーベルが直接関わっているとは考えにくい。
  Waid はヒットメイカーと謂えど1人のライターに過ぎない。経営に関わっているわけでもない彼が個人の意志でマーベルを動かし他社に圧力をかけるというのはいささか非現実的だ。
 同様に Waid が SNS のアカウントを全て消したことについても彼は過去に同じようなことをしており、 Cebulski やマーベルの関与があったというのはデマだろう。ファンは安心して良いかと思う。


 さて、この問題がことのほか大きくなった背景にはアメコミ業界における多様性の問題、もっと言えば”ある通説”が間接的に作用している。
 それは「最近の大手出版社(特にマーベル)は多様性を意識しすぎるあまり、作品のクオリティがおろそかになっている」という考えだ。
  DIVERSITY & COMICS ひいては Meyer の支持者が多いのも彼のこの説に共鳴する者が少なくないからである。

 だがはっきり言ってこれは大きな誤解だ。
 この考え方が生まれてしまったことにはここ数年のマーベルにおける3つの動きが大きく関わっている。

 まず1つ。度重なるクロス・オーバーイベントやシリーズのリニューアルにより、各タイトルが何度も物語の中断を余儀なくされたこと。
 とりわけ AVENGERS などの人気タイトルがこの影響を強く受け、結果的に多くの読者の目にはマーベル全体の作品クオリティが下がっているかのように映ってしまった(ただし、これさえも一部のタイトルが一部の読者の好みに合わなくなったというだけだが)。

 2つ目が多様性を意識した人事。
 ここ最近のマーベルではそれまで白人男性が大半を占めた業界を改善すべくマイノリティな出自のクリエイターや女性編集者を起用する動きが相次いだ。ただし、これは別にマーベルだけの話ではなくアメコミ業界、ひいては米国社会全体の動きだ。
 たまに女性やマイノリティ層の枠を確保するため能力のある男性が採用されにくくなっているという意見も見受けられるがこれも事実無根だ。
  Sana Amanat ( MS.MARVEL などを担当している女性編集者)らがいかに優秀な人材であるかは彼女たちが携わった作品を見れば明らかである。
 というかこういった動き自体、むしろこれまで不遇な扱いを受けていた層が平等に扱われるようになったに過ぎない。

 上2つはそれぞれ無関係の動きだ。しかし、3つ目の理由がこれらを結びつけてしまう。
 それはすなわち、相次ぐ人気キャラの交代劇である。
 2014年にはソーがオーディンソンからジェーン・フォスターに、キャプテン・アメリカがスティーブ・ロジャーズからサム・ウィルソンになった。さらに2015年にはハルクがブルース・バナーからアマデウス・チョウに、2016年にはアイアンマンがトニー・スタークからリリ・ウィリアムズになった。
 1つ1つでさえ大きな話題を呼ぶ中身の交代が偶然にも時期を重ねて起こってしまったのである。

 やがて一部の読者がこれらの出来事を先の2つの動きと結びつけた結果、「マーベルは多様性をゴリ押しするあまり作品のクオリティを下げている」という誤解が生まれてしまい、これを声高に叫ぶ Richard Meyer が支持されるようになってしまった。

 これが本来個人の問題である今回の騒動をいたずらに拡大させてしまった遠因であると思われる。

 個人的な意見を述べさせて貰えれば、多様性がクオリティを下げているなど冗談ではない。
 私が最近読んだものでも Ms. MARVEL や MOON GIRL & DEVIL DINOSAUR なんかは#1からのめり込んでしまうほどの面白さだった。
 様々なバックグラウンドのクリエイターが生み出す多種多様なキャラクターはむしろこれまでにない新たな魅力をコミックに与えており、世界観を豊かにしている。
 自らの排他的思想とそぐわないからと作品やそのクリエイターまでをも貶めるのは言語道断だ。
 

 さて、この後も業界の多様性などについて語りたいことは諸々あるが、何ぶん今回の問題は根が深くてそう簡単に書けるものじゃないと気付いた。なのでこの話題に関してはまた機会を改めて、別のところで言及しようと思う。

 不足している部分などはあるかと思うけれど、今回の騒動を通してアメコミ読者のみならず多くの人に考えて貰えればいいなと思います。


Moon Girl and Devil Dinosaur Vol. 1: BFF(門戸も広く子供から大人まで楽しめるオススメ作品)