VISUAL BULLETS

原書レビューを中心に、MCUからクリエイターのトリビアまでアメコミに関する様々な話題をお届け

THE NEW FRONTIER (DC, 2004)


DC: The New Frontier: Deluxe Edition

 紛れもないスーパーヒーロー物の傑作。
 (ネタバレはないものの、公開中の某スーパーヒーロー映画についても言及するので以下注意してお読み下さい)


あらすじ

 かつて人々を守るためマスクを着け、マントを羽織った者達。だが第2次世界大戦後、冷戦から来る疑心暗鬼に陥った米国に最早彼らの居場所はなかった。代わりに登場したのは政府のバックアップを受ける特殊部隊やスーパースパイ達。仮面を着けない彼らの活躍は概ね人々から歓迎された。 
 双方の対立が日に日に深まる中、世界のいたる所で人々が奇妙な幻覚に襲われるように。それは人類にとってかつてない危機の到来を告げるものだった…。



2種類の”傑作”

 巷で”傑作”と呼ばれるものには大きく分けて2種類存在する。

 1つは刹那的な傑作。その時だけすごい作品とでも言おうか。つまり誰の目からも申し分のない完成度を誇るものの、あっという間に世間の記憶から忘れ去られてしまうような作品。映画でいえばサマーブロックバスター、アメコミで言えば最近のクロス・オーバーイベントの大半といえばイメージしやすいかもしれない。公開時/刊行時には持て囃されるものの、終わってある程度時間が過ぎればほとんど言及されなくなるような作品のことだ。

 敢えてどれとは言わないが、ごく最近出会ったスーパーヒーロー物がそうだった(以下、便宜上本作を『作品 A 』と呼ぶ)。
 キャラクターも魅力的ならストーリーも悪くない。丁寧な作品作りの姿勢が伝わってきて、観終わった後の満足度も高い。控えめに言っても大変出来の良い作品だった。ネットでレビューを検索すると出てくる絶賛の嵐も正当な評価だと思う。

 ただ一方でこの熱狂は今だけのもの、次の”傑作”が出るまでの作品だという印象も受けたことは否めない。
  無論、それはこの作品 A がシリーズ物の中間という位置づけで次回作やその後を前提としているからそう思ってしまうというのもあるだろう。しかし、同じポジションでも例えば『帝国の逆襲』や『ダークナイト』は公開からかなり時間が経っているにも関わらず今でも頻繁に語られるし、アメコミにもその手のエピソードはいくつかある。
 ストーリーが完全に終わっていないという部分を度外視しても、 この作品からそういった普遍的な魅力は残念ながら感じられなかった。その場限りのサティスファクション(満足)やはあっても、マジックやミラクルはなかったというのが正直な感想だ。


 そしてこういった刹那的な傑作とは対称的に、普遍的な傑作とでもいうべき作品がある。後に”傑作”と呼ばれる作品がどれだけ続いても独自の魅力を放ち続ける作品のことだ。
 今回読んだ THE NEW FRONTIER は間違いなくこちらの部類に含まれるものだった。

 ゴールデン・エイジとシルバー・エイジの過渡期を実際の米国史と交えて描く本作は他に類を見ない面白さに満ちている。聞くところによると、スーパーヒーローというジャンルに愛想を尽かした Alan Moore でさえも「 THE THE NEW FRONTIER だけは送ってくれていいよ」と DC に言ったとか。

  Darwyn Cooke のペンシルと Dave Stewart のカラーで描かれるどこか懐かしくも全く新しいアートは DC ユニバースのドキドキやワクワクをありありと浮き上がらせ、我々にスーパーヒーロー物の素晴らしさを思い出させてくれる。
 奇妙なマシン、不気味な怪物、そして世界のために戦い続けるヒーロー達 — ページを埋め尽くすそれらは読者を初めてスーパーヒーローに惹きつけたきっかけの再現であり、長く読んでいたせいでむしろ今まで気付くことができなかった興奮の発見でもある。

 先に挙げたスーパーヒーロー作品 A と THE NEW FRONTIER とでは、前者が中間エピソード的作品であるのに対して後者は正史の DC ユニバースから独立している上にこの本だけで完結しているという違いがあるため、単純な比較はできない。
 しかし、双方は同じスーパーヒーロー物というジャンルでありながら、その”スーパーヒーロー”という存在の捉え方が明白に異なる。

 作品 A に登場する”スーパーヒーロー”は戦う目的が非常にふわふわしている。敵が襲来するからとにかく世界を守らなければならないというスタンスで、その守りたい世界がどのようなものなのかはっきりしないのだ。盲目的にステータス・クオを維持しようとしているとも言える。
 だから戦う姿がどんなに勇ましくとも、結局彼らは兵士であって能力者であってスーツを身に着けただけの人間に過ぎない。戦士の必死な感じは伝わってくるが、そこにスーパーヒーローの勇姿は皆無だ。明白な理由を持って戦いに臨んでいた分、むしろヴィランの方がヒロイックですらあった。
 
 翻って THE NEW FRONTIER はといえば、ここに登場するヒーロー達はほぼ全員が戦う理由をしっかりと持っている。そしてそれは「日常を守りたい」などという安易で受け身な回答ではなく、自らの活動を通して人々を啓発し、少しずつ社会を前進させようという意思に基づいた信念だ。
 本作に登場するカラフルな英雄達の正直さを優等生の良い子ちゃんと揶揄するのは簡単だ。
 だが、卑怯な相手であっても正々堂々と立ち向かうその騎士道こそ、そもそも私達が憧れた”スーパーヒーロー”ではなかっただろうか。

 ただ自分の持つ超人的能力で事件を解決しようというのではなく、それによって周囲をインスパイアする — それこそがスーパーヒーローの社会的役割であり、これがあるからこそ世間は仮面を着けた彼らの活動を良しとするのである。
  THE NEW FRONTIER はそんなスーパーヒーローの何たるかを我々に思い出させてくれる作品であると同時に、その新たな可能性をも見せつけてくれる作品でもある。
 今後何十年先も語られ続けるであろう傑作といえよう。

 
 …と、まあ半分もしくはそれ以上が『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のレビュー、それも酷評しているみたいな感じになっちゃったけど、ここで述べたのはあくまで MCU の集大成である『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』をスーパーヒーロー物として観た場合の感想であって、単にSFアクション物として観れば普通に面白かったよ?続編も楽しみだし。