VISUAL BULLETS

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TO THE HEART OF THE STORM (W.W. NORTON, 1991)

 今だからこそ読んでおきたい傑作。

 1942年。第2次世界大戦が欧州で苛烈の一途を辿る中、遅ればせながらようやくドイツや日本と戦うことを決意した米国では日々徴兵された青年達が各地の訓練所へ送られていた。若きコミック・クリエイターとして着実にキャリアを積み上げていた Willie もそんな戦禍に呑み込まれようとしていた1人 — 訓練場へ向かって南へ走り続ける列車に揺られながら、彼はユダヤ人である自らの生い立ちを思い返していた……。

 巨匠 Will Eisne rによる半自伝的な作品が収録された LIFE, IN PICTURES 。それに収録されている長編の2本目である本作は、 Eisner 自身をモデルとした主人公が自分や両親の半生を振り返りながら少しずつ訓練場へ向かっていくという内容のもの。先日紹介した THE DREAMER はコミック黎明期における1クリエイターとしての自身を描いていたが、今回の話では打って変わりユダヤ人としての自らに焦点を定めた内容となっている。
 ユダヤ人に対する差別とは日本人である私達にしてみるとやや馴染みのないテーマであるため、歴史の教科書における記載以上のものとしてはピンと来ないかもしれない。だが別にユダヤ人でなくとも私達の周囲にだって差別は至るところに見られる。そしてそういった差別の多くは相手の個人を見ないで適当なステレオタイプを押し付けて行われる。
 本作でもかつて Willie と親友関係にあった Buck が年月を経て再会してみるとすっかりユダヤ人を口汚く罵るような人物となってしまっていた。ここで彼が罵詈雑言を吐いているのはあくまで彼の中にある「ユダヤ人」というカテゴリに対してであり、目の前にいる友人 Willie に対してではない。こうしたことは別に日本でも珍しいことではないだろう。

 さて、本作に関してもう1つ言及しておきたいのが日々の生計を立てることさえやっとな状況に置かれている Willie の家族。その三者三様な態度からは改めてコミックで”人間”を描かせたら Eisner の右に出る者はいないなと痛感させられた。
 
 どんなに魅力的で斬新なアイデアに満ちているようなストーリーでも人間が正しく描けていなければやはり面白みに欠けるし、そういうものは時を経るにつれ古びてしまう。だが逆にどれだけシンプルな物語であっても人間が上手に描き出せていれば、喩え単純なあらすじの物語であってもずっと色褪せない作品として残り続けることができる。
 ”人間を描く”といった際、それは決して”ページの外にいる我々に可能な限り即した”という意味ではない。そんなリアリティなど犬にでも食わせてやれば良い。コミックという媒体には現実の我々とは異なるコミックの中のみで成立する”人間”の姿があるのだ。
  Eisner はこのあたりのことをよく理解しており、時に誇張のある言動やドラマチックなやり取りで丁寧に描かれる本作の登場人物は”キャラクター”ではなく”人間”として実に生き生きとページの中で動き回っている。貧困に対する家族各々の向き合い方1つ取っても、誰一人として単純な善悪に区分できないようなところはその一端であると言えよう。

 物語に人の存在は不可欠だ。しかしだからといって登場人物が常に”キャラクター”である必要はないのだ。


Life, in Pictures: Autobiographical Stories