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Y THE LAST MAN (DC/VERTIGO)

(*2020/6/7に全巻のレビューを1ページにまとめました)

 地球最後の男だからって、あんたのこと好きになったりなんてしないんだから!


キンドル合本版(Amazon): Y: The Last Man, Vol. 1: Unmanned

Y THE LAST MAN VOL.1: UNMANNED (DC/Vertigo, 2002-03, #1-5)

 
 ある日、世界中でY染色体を持つ全ての動物が同時に死亡するという事件が発生する。突然の異常事態に社会が音を立てて崩れていく中、何故か唯一生き残った米国人の青年 Yorick Brown と、ペットの猿 Ampersand 。オーストラリアで音信不通となった恋人を目指すと同時にこの性虐殺『ジェンダーサイド』の謎に迫るべく、彼は秘密諜報員であるエージェント355と共に首都を発つ……。

  RUNAWAYS に区切りが付いた後、しばらく間を置いてから取り掛かるつもりだった、ライター Brian K. Vaughan による名作中の名作。けれど個人的な事情で一気読みする機会があったので鉄釘は熱い内にということでさっさと記事にしてしまうことにした次第。
 基本的にクリエイター陣は固定してるし、現時点で全て一度読み切っているので新装版の合本ペースで記事を書けないこともないのだけれど、本作についてはちょっと丁寧に分析したいので敢えて旧版ベースでやってみようかと。
 というか、新装版は合本1冊にリーフ10冊分含まれているので何気に展開早いこの物語をそのペースでやると、多分あらすじだけ紹介しても何がなんだかわからないと思うんで(興味が湧いてくれれば邦訳版も2巻だかまでは出てるんで読んでくれるにこしたことはないんだけど)。

 ペンシルは Pia Guerra 、カバーは J. G. Jones 。 Jones のカバーはいつどの絵を見ても大変美しい。ヒーローも非ヒーローも迫力たっぷり、かつアーティスティックな絵に仕上げてくれる。
  Guerra のインテリアに関してもシンプルながら要所要所のツボをしっかり抑えており、読み進めるのに過不足ない情報量の絵をストレートに伝えてくる。非常に Vertigo らしい絵柄と言おうか。ポップ過ぎずリアル過ぎもしない絵柄が、世界中の雄がいっぺんに死滅することで父権社会をベースにした既存の政治経済が崩壊するディストピア的世界観と、ユーモアを多用する会話を両立させる Vaughan のストーリーテリングと程よくマッチしている。

 世界で男は俺1人なんてストーリー、日本の漫画やラノベならあっという間にハーレム物に落ちぶれてしまいかねない舞台設定なものの、そこはそこ Brian K. Vaughan 。そうは問屋が卸しません。
 先に結論から言ってしまうと地球最後の男はプリンスではなく天然記念物として扱われるわけです。 Yorick に近寄ってくる女性にしても研究対象として保存するとか、外交の切り札とするべくかっさらうとか、はたまたかつての圧制者だったこの最後の害虫を殺しちまおうとか、まあロクなことにはならない。

 そんな天然記念物というよりかは天然危険物と呼んだ方が正しそうな1人の男を辿る数奇な運命。今後週1か週2のペースで進めていくつもりなんでどうぞよろしく。


原書合本版(Amazon): Y: The Last Man Book One (Y the Last Man)




Y THE LAST MAN VO.2: CYCLES (DC/Vertigo, 2003, #6-10)


 物語とは「好き」と「嫌い」の重なり合い。


原書合本版(旧版)(Amazon): Y: The Last Man, Vol. 2: Cycles

 遺伝学の若き才媛 Allison Mann 博士と合流した Yorick と Agent 355 はボストンで破壊された博士の研究のバックアップがあるというサン・フランシスコを目指して西へ歩を進める。だが乗り込んだ列車の中でまたもトラブルに巻き込まれる彼ら。難を逃れるため飛び降りた拍子に気を失った Yorick は閑静な田舎町 Marrisville で目を覚ます。やがて彼は自らを介抱してくれた Sonia という女性と惹かれ合うが……。
 一方その頃、女性至上主義を掲げる過激な組織 Amazons は地上最後の男を処刑するため Yorick との距離を着実に縮めていた。その中には彼の姉 Hero の姿もあり……?

  Y 染色体を有する動物(植物は健在みたい)が一掃された世界を最後の男が旅するディストピア・ロードムービーならぬロードコミック。今回は紆余曲折を経てとある田舎町に立ち寄ることとなった一行、そして彼らを追い詰める女傑集団 Amazons との対峙を描く。 Amazons との対決はもっと後の方になるかと当初思っていたのでこの 2nd アークであっさりやってしまったのは少々驚き。 Brian K. Vaughan の作品においてこのスピード感はやっぱり大きな魅力の1つだなと改めて実感致しました。

 はい、そんなわけで今回はこのスピード感って奴に絡めて話をしてみようかと思います。
 リーフで読み進めている SAGA なんかと読み比べてもわかるのだけれど、 Vaughan の手がける作品は月刊誌で少しずつ読み進めても、合本形式でがっとまとめて読んでも、どちらにしろ楽しむことができるという特徴がある。
 で、おそらくそれを可能にしているのがリーフ1冊単位における物語の密度、つまりスピード感。じゃあこのスピード感がどうやってもたらされているのかと考えると、色々要因はあるのだろうけれど、私は人間関係の構築にその1つがあると思う。
 
 例えば今回のエピソードを見てみよう。
 列車から転落した Yorick が目を覚まし、気絶していた自分を介抱してくれた Sonia と出会ってから映画の話が通じて意気投合するまでわずか3ページ。この時点で2人が惹かれ合っているのは既に一目瞭然だ。やがて彼らは予定調和のように口づけを交わす。
 もう1つ例を挙げるなら、そんな2人の様子を陰から見ていた Yorick の姉 Hero は彼の行為を本命である Beth に対する不貞であると見做し( Amazons の洗脳もあり)いよいよ弟への憎悪と嫌悪を募らせていく。
 と、こうして簡単に文章でまとめられてしまうほど登場人物同士の愛憎因果関係が非常にはっきりしているのだ。そして上記に挙げた2つの例のように1つの関係ば別の関係に影響を及ぼすことでドラマが生まれていく。
 なんだそんなことか、と思ってしまう人もいるかもしれないが、意外とこういったクリーンカットな人間関係を構築していない作品というのは数多い。そしてそういった作品は往々にして説得力に欠ける。物語の進行は登場人物同士の関係の変化であると考えた時、このわかりやすさは確実に有効な武器となるだろう。

 今後もこのクリーンカットな人間関係が重なり合った時、どのような化学反応が起こるのか注目していきたい。


本記事で紹介した内容含む原書合本版(新装版)(Amazon): Y: The Last Man Book One (Y the Last Man)



Y THE LAST MAN VOL.3: ONE SMALL STEP (DC/Vertigo, 2003-04, #11-17)

 地上から男は一掃されたけど、じゃあ地球の外は?


原書合本版(旧版)(Amazon): Y: The Last Man, Vol. 3: One Small Step

  Marrisville での辛い別れを後に、再び Mann 博士の研究のバックアップがあるサン・フランシスコを目指す Yorick ら一行。西海岸へ向かう列車に乗り合わせたロシア人 Natalia Zamyatin と出会った3人は、彼女の口から間もなく任務を終えた宇宙飛行士らが地上に落ちてくることを聞かされる。しかも3人の宇宙飛行士のうちの2人は生きた男性だという……。(『 ONE SMALL STEP 』編)

 メガヒットクリエイター Brian K. Vaughan の最高傑作とも謳われる、地上最後の男が巡る数奇な旅路を描いた本シリーズ。その3巻目となる本巻は男2人を含めた3人の宇宙飛行士の地球への帰還を支援するべく Yorick らが奔走する『 ONE SMALL STEP 』編、そして未だテレビなどの娯楽が復旧していない世界で創作劇を催しながら各地を巡る旅の一座が「地上最後の男」をテーマにした新作を創る『 COMEDY & TRAGEDY 』編の2エピソードを収録する。

 ライティングは無論一貫して Vaughan が担当しているものの、ペンシルは今回 Pia Guerra が前者を、 Paul Chadwick が後者を手がける形。しかし、その割に作画の違いが目立たないのはインクの Jose Marzan, Jr. のおかげだろう。

 つい先日もどこぞのマーベラスな大手出版社の編集者がコミックにおけるアーティストの存在を軽視するような発言をしたことで炎上し話題になったのは記憶に新しいが、そのアートを手がける者達の中でも、もっぱら読者の話題に上るのはペンシラーで、それ以外のカラーリストやレタラーといった役職は滅多にスポットライトを浴びることがないというのが残念ながら実情だ。だが彼らの存在がコミックという媒体が成立させている大きな要素であることは間違いないわけで。

 そして、インカーもそんな縁の下の力持ちな役職の1つだ。
 本巻を例にとっても、2つのエピソードでペンシルが異なっているにも関わらず、 Marzan のインクが共通しているため読者の受ける違和感は大きく軽減されている。彼のインクは濃淡が比較的はっきりしているため色彩豊かなページにもノワール・フィルムが如き強調を絵にもたらし、派手なマスクやコスチュームを身に付けた特殊能力者が登場しない本作のような作品における人間ドラマをより豊かにしている。

 こういった普段目立たない役職のおかげで名作が生まれているのだという事実を、私達読者はもっとよく知っておくべきだろう。


本記事で紹介した内容含む原書合本版(新装版)(Amazon): Y: The Last Man: Deluxe Edition Book Two (Last Man Deluxe)



Y: THE LAST MAN VOL. 4: SAFEWORD (VERTIGO, 2002, #18-23)

 ところでドレスっぽい衣装でも”ボンデージ”って呼んでもいいんすかね?
 いや、好きだけど。


原書版合本(Amazon): Y: The Last Man, Vol. 4: Safeword

  Yorick が生存した謎を解明すべく、 Mann 博士の研究のバックアップがあるサン・フランシスコへ向かう一行だったがその途中、道中腕に負った傷がもとで猿の Ampersand が体調を崩してしまう。抗生物質を手に入れるべく病院へ忍び込むことになったエージェント 355 らだが、警備が厳重だというその施設にわざわざ(ただでさえトラブルメーカーな) Yorick まで連れて行くことはないと判断した彼女は近くの小屋に1人住む元同僚のエージェント 711 に彼の身元を預けることを決める。しかしその晩、 711 の小屋で彼女から渡された飲み物を口にした Yorick は、気が付くと半裸の状態で縛られ吊るされていた。やがて目の前にボンデージ衣装に身を包んだ 711 が姿を現し……。

 謎の疫病により世界中から男という男がほぼ一掃された世界を舞台に地上最後(かもしれない)男となった青年の奇妙な旅路を描いた本シリーズも早くも4巻目。本巻に収録されているのはあらすじにある『 SAFEWORD 』編(あらすじを見てキンキーな展開を期待した方はごめんなさい。あんまそういう気配はないっす)と、一行の進む道を封鎖する過激な武装集団との騒動を描く『 WIDOW’S PASS 』編との2つ。どちらも主人公である Yorick にとって精神的なターニング・ポイントとなっているエピソードで、ぱっと見はやや地味ながらシリーズ通してかなり重要な部分となっている。

  Vaughan の手がける作品には『 SAFEWORDS 』編で見られるようなショック療法的な心の成長が描かれるものが多く、現在彼が Fiona Staples と手がけている SAGA でも父親の Marko がドラッグによるトリップ体験を通して一皮剥けているのは記憶に新しい。 RUNAWAYS でも Chase なんかは自らの臨死体験を経て Gert に恋心を抱くようになると共に、その後のストーリーでもやや大人びた表情を見せるようになっている。
 こうしたやり口は以前言及した数学公式的な Vaughan のストーリー構成にも関わるのかもしれないと思う一方で、だからといってどのストーリーも似たり寄ったりな感じになっているわけではないのは流石といったところだろう。
 ついでにこの『 SAFEWORDS 』編に関してもう1つ言及とするなら、ほぼ小屋の中を舞台に Yorick と 711 とのやり取りだけで進むこのエピソードでフロッピー3冊分費やしながら、全く飽きを感じさせないことにも驚かされる。
  Yorick の人生にこれまで起こってきたいくつかのエピソードを自然なダイアログでつなぎ合わせながら1つの結論へ辿り着くようまとめ上げる — 単に無意味な台詞でパネルを埋めるような作品とは異なる、これこそ”会話劇”と呼ぶにふさわしいだろう。

 本巻での変化が今後ストーリーにどういった形で絡んでくるかも含めて、続刊も眺めていくことにしたい。



Y: THE LAST MAN VOL. 5: RING OF TRUTH (DC/VERTIGO, 2004-05, #24-31)

 世界中で彼だけが生き残れた理由は……?


原書版合本(Amazon): Y: The Last Man, Vol. 5: Ring of Truth: 0

 自衛のためとは謂え、遂に初めて人を殺害してしまった Yorick 。良心の呵責に耐えかねた彼はとある晩、 355 らの目を盗んで近くの教会へ足を運ぶ。そこで彼は元フライト・アテンダントをしていた Beth という女性と出会い、心を通わせていく。
 一方その頃、カルト集団により施された洗脳を解かれた Yorick の姉 Hero は、隙を見て脱走すると弟の行方を追い始めるが……。

 男の一掃された世界で地上最後の男となった青年の珍道中を描く Brian K. Vaughan の傑作シリーズもはや五巻目。
 今回の合本に含まれているのは教会へ犯した罪の告解のためやって来た Yorick が逆に本命と同じ名前の女性とむしろさらなる一線を超えてしまう『 TONGUES OF FLAME 』編、そんな乱れた弟の後を追う元サイコな姉ちゃん Hero のこれまでの足取りを追う『 HERO’S JOURNEY 』編、それに Yorick が原因不明の病に倒れる傍らエージェント 355 が別の諜報員と過去の任務を巡って対立する『 RING OF TRUTH 』編の3つ。

 今回も今回で色々起こっており、この次から次へと重大な局面で読む者の息をつく暇も与えない密度の濃さこそ Vaughan の持ち味と言えるが、その中でも3つ目のエピソードは特にこれまで謎だった Yorick 生存の謎が解き明かされるという点でシリーズ全体のターニングポイントとなっているかと。
 他方、キャラクター構築という面では前巻の SM セラピーである程度曝け出しきった Yorick は今回やや身を引き、姉の Hero やエージェント 355 など他のメインキャラクターが焦点となっている印象。

 本シリーズを読み進める中で1つ興味深いことは母性の希薄さだ。男が死に絶え女ばかりの世界が舞台であるにも関わらず、本作の旅にはこれといった”母親”的なキャラクターが登場しない。
 一応母親になる登場人物はいるものの、主人公たちにとって”母親的存在”になるキャラクターもいなければ、彼らの母子関係にあまりスポットライトが当てられないと言おうか。

 それは Yorick と Hero の家族を見ても明らかで、2人の母親は姿こそ見せるもののそれはどちらかと言えば職務である議員としての姿であり母親としての彼女はあまり描かれない。子供たちとの関係性という面についても強調されるのは死んだ父親との関係であり、母親とのギクシャクはかなり脇に追い遣られている。

 そんな中、本作で唯一”母子関係”を描いていると言えるかもしれないのが『 HERO’S JOURNEY 』編で描かれる Hero と、彼女の疑似母であると同時にその手で殺害された The Daughters of Amazon のリーダー、 Victoria との関係だ。
  Amazon の洗脳が解けた後も”毒親”であった Victoria の存在が自分の中に色濃く影を落とす Hero の葛藤はかなりリアルで恐ろしいものがある。

 こうしたテーマ的な話から本作を読み進めてみるのも面白いかもしれない。



Y: THE LAST MAN VOL.6: GIRL ON GIRL (DC/VERTIGO, #32- 36)

 これが新たな局面の難しさか。


Y: The Last Man, Vol. 6: Girl on Girl

 謎の女忍者により拐かされてしまった Ampersand を追って日本へ赴くこととなった Yorick ら一行。とある輸送船に潜り込むことに成功する彼らは(例のごとく)出港して間もなく見つかってしまうものの、船長である Kilina のもとへ連行された彼は予想に反して歓待を受ける。ほっと一息吐いたのも束の間、どうやら Kilina 率いるこの The Whale 号には裏の顔があるようで……?
 一方その頃、オーストラリアにいる Yorick のガールフレンド Beth はひょんなことからアボリジニの集団に拉致されて奇妙な夢を見ていた。

 地上最後の青年が辿る数奇な旅路を描くロード・コミック。前巻で Yorick が生存した鍵であると判明した直後、何だかサイコな(サイコな奴が次から次へと登場するのもこのシリーズの特徴かも)女忍者に誘拐されてしまった旅のマスコット Ampersand を追って、一行は Mann 博士の実家がある日本へ。これまで大きな謎だったことが判明したことや、旅が新たな目的地を得たことで1つの節目を迎えての本巻と相成ります。
 中身の大部分は Yorick らが乗り込んだ船で巻き起こるトラブルを描いた『 GIRL ON GIRL 』編、ラストの#36のみオーストラリアの Beth を描いた挿話的エピソード『 BOY LOSES GIRL 』編となっている。
 
 うーん、必要なエピソードであったことは間違いないし、全く新要素がないわけでもなかったものの、前回前々回のインパクトに比べると本巻はやや控え目な印象を受けたかなというのが正直な感想。
 船旅とか海賊とか海のロマンにほとんど食指を唆られない私個人の好みもあるのだろうけれど、そうでなくとも長期シリーズでこういう時期があるのはある程度仕方がない。
 とりわけ本作では開始以来積み上げてきたものは前巻までの時点で8割近く放出しきってしまったようだったし、新たな局面を続刊で持ってくるために本巻がやや守りというか準備段階に入ったのも当然っちゃ当然。ドラマとかでも前シーズンからの盛り上がりに反して新シーズンの開幕がやや緩めに感じるというのはよくあること。
 仮に本巻以前を第1シーズンとして本巻からを第2シーズンとしてみれば、今度は世界中の女性がバタバタ死んでいくという展開でもしない限りシリーズ開始時のインパクトには敵わないわけで。
 
 Bethに関するエピソードについても、これまで Yorick の最終目的地点として度々話の中にはでてきた彼女だったものの、キャラクターとしてほとんどスポットライトを浴びることがなかったため、やっていることは以前 Yorick の姉 Hero の姿を描いた『 HERO’S JOURNEY 』編と大差なくともやはり既にある程度キャラクターとしての魅力を確立していたHeroのエピソードと比べてやや薄味かもしれない。

 ……と、まあいかにもイマイチっぽい感想をつらつらと述べたものの、あくまで控えめ薄めなのはこれまでのエピソードに比べてというだけの話なんで。言ってみれば今までずっと100点か99点しか取ってなかったのが初めて98点を取ったとかその程度のお話。そんじょそこらの作品よりははるかに面白いのでどうかご安心を。



Y: THE LAST MAN VOL.7: PAPER DOLLS (DC/VERTIGO, 2002, #37-42)

 サイド・ストーリーをやる意味とは。


Y: The Last Man, Vol. 7: Paper Dolls

 沈没した The Whale 号からオーストラリア海軍の潜水艦へ移り(うん、まあ色々あったのよ)シドニーの港へやって来た Yorick ら。恋人 Beth の行方を探したいという彼の希望をかなえるためエージェント 355 は彼と共に街へ繰り出すことにするも、彼女が Mann と一夜を共にしたのを Yorick が見て以来、2人の関係はギクシャクしており……。
 一方その頃、男が死滅した筈の世界に唯一生存している青年の噂を聞きつけた1人のゴシップ・ライターが彼らと同じ街にやって来ていた。

 本巻に収録されている内容は上記あらすじにある『 PAPER DOLLS 』編の他、 Yorick が過去に教会で一夜を共にした後妊娠が判明したもう1人(と言っちゃ何だか失礼か)の Beth 、 Agent 355 、それに現在サイコくのいち Toyota に誘拐されている猿の Ampersand という2人と1匹にそれぞれスポットライトを当てた1話完結が3つという構成。

『 PAPER DOLLS 』編に関して言えばややかったるい印象が否めなかった前巻から一転、早くも持ち直してきたなというのがまず読んだ直後の感想。
 ただそれにしてもパパラッチって鬱陶しいです。この類の報道人の登場する作品ってこれまでも色んな形で見てきたものの、憎たらしくない輩は見たことないっす( Spider Jerusalem や Daily Planet の皆様はちゃんとした”ジャーナリスト”なのでここには含まない。真実を追いかけるかセンセーションを追いかけるかでずいぶん差があるわけ)。

 まあ、それはさておき。本巻で特徴的なのはそのパパラッチ絡みの話よりかは3号連続で Yorick からスポットライトを逸らして他の登場人物に関するエピソードをやったことだろう。これまでも2連続でやることはあったものの、3度も続けざまにやってのけたのは今回が初めてじゃなかろか。
 こういうサイドストーリーは一見すると脱線のように見えなくもないけれど、実は予め外堀を埋めておくことで実際その人物が本筋へ絡んできた際には最初から読者との間に一定の親密度が築かれている結果を生むため、長い目で見ると非常に効果的な創作法ではある(もちろん、これらのサイドストーリーやそこに登場するキャラクターが後々本筋へ絡んでくるということが大前提になるのだけれど)。
 そしてこのようなエピソードを3つも立て続けに挟んだということは Vaughan が合本を念頭に置いたペースを配分をしたということもある他方、それ以上にこれらのキャラクターがどんどん活躍していく急展開の予告でもあるのかもしれない。

 何にせよ、今後本作がますます緊迫していくことは間違いあるまい。



Y: THE LAST MAN VOL. 8: KIMONO DRAGONS (DC/VERTIGO, 2006, #43-48)

 舞台は日本へ。


Y: The Last Man, Vol. 8: Kimono Dragons

 新たに元オーストラリア海軍の Rose を仲間に加え、サイコくのいち Toyota に拐かされた(ものの逃げ出したとはつゆ知らず) Ampersand を追い日本はヨコガタ(横浜か?)へやって来た Yorick ら一行。近くに実家がある Allison が Rose と共に母親のもとを訪ねる間、 Yorick と 355 は東京にいることが判明した Ampersand の追跡に当たるが、辿り着いたのは繁華街にあるどぎつい風俗店で……。

 いよいよ残す巻数も3冊となった本シリーズ。8冊目となる今回の合本ではぱっと見衝撃的なイベントはあまりないものの(いや、それでも結構死人は出てるし案外私が慣れちゃっただけという可能性も……)、一度最後まで読み通した上で改めてページをめくり返してみると Allison と Rose であるとか、 Yorick と 355 とであるとか人間関係的な面で大きな変化がそこここで伺えた。

 そういう意味では後の展開への布石を敷く準備段階として見ることもできるけれど、前々巻のような間延びしたというか弾幕が薄い印象は受けなかったので、うーん……やっぱりあのエピソードをかったるく感じたのは私に海のロマンを感じる心がないためだろうか。

 まあ、それはともかく。例のごとく本筋とは別に差し入れられるエピソードとしては、まず本筋の展開に併せてか日本が地元である Allison の生い立ちを描く『 THE TIN MAN 』編、そしてシリーズ開始当初から執拗に Yorick を追い続けるイスラエル軍部隊の指揮官 Altar の過去を描く『 GEHENNA 』編。
 こうして登場人物各々に過去というかキャラクターを決定づけるイベントが用意されているのを見ると、改めて物語というのは人間関係の化学反応が連鎖することで成立しているのだなと実感させられる。
 とりわけ本作における登場人物の行動原理や愛憎のベクトルというのは以前も言及したように読んでいて非常にわかりやすいものなので、そういったシンプルな人間関係が本筋で1本また1本と絡み合っていくのは見ていて感心させられる。20ページ近くの1話で語り尽くせつてしまうエピソードを備えた登場人物達が本筋で重なり合い、サイド・ストーリーと思われていた過去が現在に巻き込まれて重層的な物語を生み出していく様子は実に見事だ。

 さて、ようやく Ampersand とも再会を果たして各々の距離がぐっと縮まったところで、再び緊張感の漂い始めた本作が次はどこへ向かうのか。引き続き追っていくことにしよう。



Y: THE LAST MAN VOL.9: MOTHERLAND (DC/VERTIGO, 2006-07, #49-54)

 色んな感情が綯い交ぜになるセミ・ファイナル。


Y: The Last Man, Vol. 9: Motherland

 紆余曲折の末、ようやく Ampersand との再会を果たした Yorick 。 Allison の研究も( Ampersand が交尾したことで)軌道に乗り、人類の次世代を生み出すため展望が拓けてきたことで晴れて恋人 Beth の待つパリへ行けることとなった彼だったが、順風満帆と思われていたところで Allison が突如昏倒、更に彼女を介抱していたところ女忍者の Toyota に襲撃された一行は囚われの身となってしまう。やがて病室に拘束された Yorick と Allison の前に姿を現した驚くべき人物とは……。

 もう流石に地上最後の男云々という前振りも必要ないだろう9冊目。あっと驚く事実が明らかになったり、これまで旅路を共にしてきた仲間との別れがあったりと盛りだくさんの内容で、読み応えたっぷりであると同時にシリーズが終わりに向かっていることをひしひしと感じられ、なんともやるせない気分にさせられた。
 また、本巻は Allison の両親による科学の暴走が中々不気味に演出されており、マッドサイエンティストの話が好みな私としてはそのあたりも堪能できました。いやあ、やっぱマッドサイエンティストが自分の研究を晒す瞬間ってキモいクリーチャーを目にした時とは全く異質な薄ら寒さがあって、これはこれでいいねえ。
 
 本筋の方がそんな密度の濃い内容になっている一方、例のごとく差し挟まれるサイドストーリーは面白いことに、これまでだと後々本筋へ影響を及ぼす人物の過去話だったりしていたのが、ここに来て全く関係のない文字通り”サイドストーリー”と化している。
 1つは現在遺体収拾業に携わる元スーパーモデルと現在男娼として生計を立てている2人の出会いを、もう1つは地上最後の男をテーマにした舞台で一躍売れっ子となった劇作家の顛末を描いたエピソードにそれぞれなっており、どちらのエピソードの主要人物も以前シリーズに登場したことのある人物であるものの、今後のストーリーには全く絡んでこない。
 
 まあ今更本筋に絡んでくる話をやっても手遅れだということもあったかもしれないが、それ以上に Vaughan がこれまでストーリーに盛り込みたくとも遂にこれまで盛り込むことのできなかったメッセージ的なものを多分に盛り込んだエピソードといった印象を受けた。一度は映像業界にまで上り詰めた劇作家が最終的に作品発表の新天地として辿り着いた場所については、1人のコミックファンとして嬉しい限りでした。

 さて、いよいよ残すところ合本1冊となった本シリーズ。これまで積み上げてきたものをどのようにしてまとめ上げるのか刮目して見届けたい。



Y: THE LAST MAN VOL.10: WHYS AND WHEREFORES (DC/VERTIGO, 2007-08, #55-60)

 そして物語は終わる — 。


Y: The Last Man, Vol. 10: Whys and Wherefores

 道中若干のトラブルに見舞われながらも遂に恋人の Beth が待つフランスはパリに辿り着いた Yorick とエージェント 355 。2人が Yorick の想い人を探し歩く花の都には、だが彼を追ってきた姉の Hero や彼の子を産んだもう1人の Beth 、そして今なお彼の身柄を確保しようとイスラエル軍の部隊を率いる Altar らも来ていた。あらゆる男が一掃された世界を旅してきた地上最後の男、 Yorick Brown — 彼の奇妙な旅の終着点、そしてその先にある光景とは……。

 はい、そんな訳でようやく最終巻に辿り着きました、ライター Brian K. Vaughan の最高傑作との呼び声も高い地上最後の男 Y の数奇な旅路を描いた物語。結構サクサクと記事をアップしていたつもりだけれど、それでも2ヶ月弱はかかったか。
 少なくとも21世紀に入ってから刊行されたコミックの中では1,2を争う作品であることは間違いあるまい。最初から最後までとにかく密度が一般的なコミック作品とは桁違いで、とにかくページを捲る手が止まらなかった。ただ読むだけでもトップ・クオリティであることはもちろん、創作に携わる人間にとっては色々と分析してみると得るものが多いだろう。

 内容について今更どこがどう面白いのかといったことについて最早私の文章で説明するのは蛇足でしかない。こればかりはここでだらだら高説を垂れるよりは純粋に「読んでくれ」という一言の方がよほど効果的だ。
 なのでここではこれまで何度か本作に関して言及してきた「人間関係の重なりと連鎖」としての本作、これがどのような終わりを迎えたかという点に関して言及するに留めておきたい。

 結論から言えば、シンプルな人間関係が絡み合い、重なり合うことによって緊張感の絶えないドラマを成立させて本作の終わり方はごく自然に。その連鎖の終焉、つまり人間関係の終焉によってもたらされる。これまでの旅路で数多くの知己友人を得た Yorick が残り僅かとなったページの中で1人また1人とこれまで出会ってきた者達へ別れを告げていく形で物語は終わるのだ。

 その姿はあまりに切なく、寂しく、だがとても正しい。
 彼が誰かと繋がりを残したまま物語が幕を引くというのも或いは可能だったかもしれない。しかし、それではこれまで1つのドラマがまた別のドラマを生んでという形で成立してきた物語の終わりとしては不誠実な消化不良となり、結果として作品を貶めることになっただろう。
 これで良いのだ。
 愛するものに別れを告げ、かつて旅した世界とも離れ — そうしてこの物語は正しく終わることができたのだ。
 それは最高の物語に与えられた最高の大団円 — それは指の間をすり抜けていくようなフィナーレである。

 本作にはひたすら賞賛と感謝の言葉しか見当たらない。