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BATMAN: IDENTITY CRISIS (DC, 1990, #455-7)

 闇の騎士の相棒は親愛なる隣人?


本記事で紹介した内容含む原書合本版(Amazon): Robin Vol. 1: Reborn

 Batmanの新たなる相棒となるべく日々是努力する少年 Tim Drake 。だがハイチの誘拐事件により母を喪い、父も一命こそ取り留めるも意識不明の状態が続く中、これが Robin となる者について回る呪いなのかと思い悩む。一方、 Gotham の街では善良な筈の市民が突如ガイコツの覆面を被り凶行に走るという事件が多発。警察と協力して Batman が捜査を進める傍ら、 Gotham Gazette の敏腕記者 Vicky Vale も事件の謎を追う。やがて彼女は不審な車両の行き当たるが……。

 前のエピソードから少し間は空いたが3代目 Robin となる Tim Drake 、彼が闇の騎士と並び立つ新たなコマドリ(正確には ”Robin” Hood から来てるらしいけど)となる前段階を描いたエピソードを再び。 Tim は他の Robin 達と異なり、コスチュームを身に着けて Batman と共に活動するまでの道のりが非常に長かった人物として知られており、修行時代のエピソードが中々豊富。
 前回は DETECTIVE COMICS 誌から、今回は BATMAN 誌からと掲載誌は変わっているものの、話自体は地続きなのでクリエイター陣はほぼ変わらず。ストーリーを Alan Grant 、ペンシルを Nor Breyfogle が手がけている。 Grant の小気味良いテンポは90年代のカートゥーン (BATMAN: TAS) を思い出させるし、 Breyfogle のアートも地味過ぎず派手過ぎずないかにもこの時代を感じさせるアートとなっており、ハマる人は結構ハマるかも。

  Batman にとって Robin の存在とは謂わば Sherlock Holmes にとっての John Watson 、明智小五郎にとっての小林少年であり、つまりは人間離れした闇の騎士と読者との距離を近づけるパイプ役だ。そのこと自体に対する是非は個人の好みがあるのでこの場では置いておくとして、 Tim Drake はこのユニフォームを身に着けていない期間が長かったこともあり読者との親近感という観点では歴代 Robin の中でも抜群に優秀だといえる。

 自らのひらめきと行動力だけで 「Bruce Wayne = Batman」 という事実に辿り着いた彼は、サーカスのメンバーだったり暗殺者集団に育てられていたりするその他の Robin 達と比べてかなり読者と立場が近い存在であり、そんな彼の活躍は「もし自分が Batman の相棒だったら」という隠れた願望を叶えてくれる。コスチュームを身に着けない状態で Bruce をサポートする姿はなおのことだ。
 等身大のキャラクターとして成功を収めた代表格と言えば Peter Parker a.k.a Spider-man だが、こうした意味で Tim Drake と Peter Parker は根っこの部分で共通したものを持つ”親愛なる隣人”同士であるといえる。

 近年だと Tim の常人離れした探偵としての素質、 Peter の人工的な蜘蛛の糸を開発した天才的頭脳など、彼らのエセリアルな面ばかりが強調され両者とも特殊な存在として描かれがち。当初、身近な存在として生み出され、読者に受け入れられた彼らをこうして英雄視するのも時代の流れなのかもしれないが、やもすると一芸に長けている人物が生まれ持っての天才だ神童だと持て囃され、スター以外は埋没してしまいがちな今の時代だからこそ共感できるヒーローが必要なんじゃないかと私などは思わないでもない。